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第245話 星の導き【後】

 談話室にて。主要な面々が円卓に着くと、ついにお茶会がはじまる。


ラン族長、憂炎ユーエンと申します。お見知りおきを」

「早家当主、早桃英ザオタオインだ。此度は燈角とうかく脱出にご助力いただき、感謝する」


 憂炎と桃英のあいさつを受け、陽茶木ヤンチャムなる屈強な人物は、無言でうなずいた。


(無口な方だね。黒皇ヘイファンよりも無口じゃないかしら?)


 表情変化こそ乏しいものの、すくない発言や仕草の端々から、歓迎されていることは感じとれる。不思議なものだ。


(この船の船長さんで、シオン族をまとめているみたいだけど……)


 しばしの観察の末、早梅はふと一心イーシンを見やる。

 こちらの言わんとすることを察したのか。一心はにこりと笑って口をひらく。


「陽茶木さまは熊族の族長さまであるとともに、慧星けいせい鏢局ひょうきょく総鏢頭そうひょうとうも兼任されております」

「鏢局というと、金品や旅客の護送をなりわいにしている職業の方ですね。どなたも腕の立つ武人だとお聞きします」


 鏢局における総鏢頭とは、一般的な武功の門派でいう総括者、掌門しょうもんに当たる。

 憂炎の言うように、早梅にも、鏢局に関する最低限の知識はあった。実際に目にするのは、はじめてだが。


「鏢局はその職務上、各地を行き来します。それを利用して、慧星鏢局では、獣人の移動を手助けしてくださっているのですよ。僕らマオ族の燈角入りを手伝ってくださったのも、陽茶木さまなんです」

「猫族長のつくる地図は、正確。われらは、報酬に見合う仕事をしている。それだけ」


 各地を放浪し、地図をつくることが得意な一心。

 地図をもとに、活動の幅を広げている陽茶木。

 これも、両者の利益が上手く一致したからこそなのだろう。


「それでは、本題に入らせていただきますね」


 茶を一服した一心が、ふとほほ笑みをひそめる。

 早梅は息をのみ、次の言葉を待った。


「燈角における獣人奴隷救出作戦は、大成功をおさめたといっても過言ではないでしょう。情報、戦力、どちらも得られたものは大きいです」

「一心さまは、事後処理に当たられていたのですよね。……その後、皇室の動きはいかがですか?」


 おそらく、この場のだれもが最も知りたいであろう情報を問う早梅。

 一心はひと呼吸を置いて、淀みなく答える。


「恐ろしいほどに、冷静ですね。離宮に火を放ち、闇市に関するさまざまな『証拠』を隠蔽したようです。さすがにチェン太守の訃報までは隠せませんから、祭りの花火が誤って引火した火事の犠牲者にと、涙ぐましい工作をおこなっていました」

「ひどい……」


 娘を想い、無力を嘆きながらもわずかな希望を暗珠アンジュへ託してみずから散った彼に、なんという仕打ちだろうか。


「じつに、不名誉なことですね。皇帝陛下がひとの命をなんとも思っていないクソだということがよくわかります」


 憂炎も、嫌悪感をあらわにして吐き捨てる。


「さらに貴泉きせん郡では、燈角周辺を拠点にしている貴族の不審死が相次いでいるようです。不思議なことに、離宮潜入前に入手した名簿に記載されている方々と、一致しておりまして」

「つまり、獣人奴隷を買いつける予定だった参加者から情報がもれることを防ぐために、皇帝陛下が暗殺をお命じになった、というところですかね。陰湿糞下衆野郎のやりそうなことです」


 燈角を脱出して、まだ一週間とたっていない。

 これほど迅速に『処理』されているのなら、すでに追っ手も放たれているはずだ。


「一心さま、あの夜に燈角を離れた船を調査されれば、この船も特定されてしまうのでは?」

「可能性はあります。けれど梅雪さん、仮になにか金品が盗まれたとして、積み荷のない船の乗組員を、強盗あつかいはできませんよね?」

「それは、そうですが……?」

「こちらの船は、表向きはあくまで貨物船です。獣人が乗っていたという証拠がなければ、ただの貨物船でしかない」

「追っ手がおよぶ前に、とっととこの船からおりてしまえばいい。要するに、彼らを振り切る自信があるということですか」

「さすが憂炎さま、ご名答です」


 ぱちぱちと憂炎へ拍手を送り、笑みを浮かべる一心だが、その表情はどこかいたずらっぽい。


「僕らの現在地は、志河しがの中流から南下をはじめたところです」


 志河は、言わずと知れた央原おうげん最大の運河。雨季の増水によってたやすく地形がくずれ、毎年すこしずつ航路が変化している言わば迷路のような場所だと、一心は続ける。


「とくに燈角の位置する陽北ようほく地域から南部への直通航路は、流れが速いため、迂回を推奨されていますが」

「問題ない」

「とまぁ、このように、陽茶木さまの船でしたら、問題なく航行できます。皇室といえど、簡単には追ってはこれないでしょう」


 そこまで言って、一心はふところをさぐる。

 取り出したのは巻物状の地図。それを紐解き、卓上へ広げてみせた。


「このまま陽南ようなん地域を目指して船を進め、三日後に幸建こうけんという港街へ到着予定です。ここから僕らは慧星鏢局の旅客に扮し、陽茶木さま同伴のもと、南部の『獬幇かいほう』支部へ向かいましょう」

「現地の獣人族と、合流するというわけですね」

「えぇ。南部は険しい山々や森林地帯が多く、人の手が入らないがゆえに多くの獣人が暮らしている地域でもあります。今後の方針を決める意味合いでも、拠点として間違いはないでしょう」


 追っ手から逃れ、力を蓄える。

 これから激化していく闘いを思えば、一心の提案は妥当なものだろう。


「一心殿、私からもひとつ、提案したい」


 ここで、静かに傾聴していた桃英から発言がある。


「えぇ桃英さま、遠慮なくどうぞ」

「南部で戦力を蓄えたのち、そのまま北西へ北上するのはいかがだろうか」

「北西といいますと、翠海すいかいの方角ですね」

「あぁ。幽山ゆうざんを越えた北端部では、数はすくないが、南部同様に獣人が暮らしている。彼らのことも、気にかけてやってほしい」

「お父さま……」

「そして叶うことなら、百杜はくとに……わが生まれ故郷へ、今一度だけもどりたい。灰となってしまった惨状をこの目に焼きつけ、ルオ飛龍フェイロンへ報いる糧としたいのだ」


 桃英の言葉は静かなものだが、瑠璃色の瞳の奥には、すべてを奪われた激情の炎が燃えたぎっている。


「桃英さまに賛成です。翠海へ向かうのでしたら、わたしたち狼族の拠点とも近いです」

「憂炎、いいのかい?」

「ふふ、もちろん。幽山は、わたしと梅雪が出会った場所でもありますしね。結婚前の里帰りなんて、別段おかしくはないでしょう?」

「ちょっと、もう……!」

「はいはい勝手に話進めんな。里帰りして結婚するなら、まず俺とだろうが」

紫月ズーユェ兄さままで……!」

「あぁ、俺と結婚するってことは『そういうこと』だから、覚悟しとけよ?」

「ここで立ちはだかる猫族の掟!」


 ──猫族はこどもができにくいので、花嫁を妊娠させてから、安産祈願も込めて婚礼をするんです──とは、そこで意地の悪い笑みを浮かべている彼の叔父の言葉だ。

 そして紫月の爆弾発言に衝撃を受けた人物が、早梅のほかにもうひとり。


「そうか……正式に妻問つまどいをするならば、猫族のしきたりに則らねばならないのか……」

「桃英、ねぇ桃英、あなた変なこと考えてない?」

「……善処する」

「しなくていいわ、善処しなくていいから! ねぇ、桜雨ヨウユイもそう思うわよね!?」

「そうね、もう紫月がいるんだから別に必須ではないと思うけれど、あなたたちがいいならいいんじゃない?」

「他人事みたいに言わないでよ!」

「お産なら、私が立ち会うから心配しなくていいわ」

「どうしよう、安心しかないんだけどっ……そうじゃないのよ〜っ!」

「今のうちから、こどもと孫の名を考えておかねばならないのか……」


 なんだか猛烈に話が逸れてしまった気がする。早梅は頭をかかえた。


「なんだぁ? 桃桃タオタオのやつ、嫁さんがからむとポンコツになるのか?」

「ちょっとフォンおじいさま、空気読んでください」


 晴風チンフォンへの物言いが半ギレになってしまったのは、不可抗力だ。これは二星アーシンの分も含めた反撃なのだ。やつあたりと言ってはいけない。


「子は授かるものといいます。そして新たな生命の誕生は、星が流れるような奇跡に等しいのです。戦乱に身を置く僕らではありますが、ささやかな幸せを願ってもいいのではないかと思いますよ」

「一心……」

「一心さま……」

「なんかいい感じにまとめているけど」

「私たちはごまかされませんからね?」

「あれ? そうですか?」


 二星とともに、じとりと視線をよこす早梅。しかし一心は悪びれた様子もなく、朗らかに笑うだけだ。


「ふふっ、まぁ梅雪さんは僕ら猫族の花嫁さんですし、愛情は受け取っていただかないと。みんなですてきな結婚式にして、かわいい子猫をたくさん生んでくださいねぇ」


 笑顔でなんてことを言うのだろうか、この男は。


「黒皇たすけて」


 とほうに暮れた早梅は、最後の望みをかけて助けを求める。すると黒皇は、嘆息ののち、一心らへ向けてひと言。


「みなさま、おっしゃりたいことはわかりますが、梅雪お嬢さまと結婚なさりたいならば、まずは旦那さまと青風真君せいふうしんくんのお許しを得てください」


 ──その瞬間、早梅を取り巻く男どもの表情が凍りつく。


「私ですか? 私はいいのです。許可はいただいておりますので」


 ことさらゆっくりと告げてみせる黒皇。

 それは、圧倒的『勝者』の発言であった。

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