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第244話 星の導き【中】

桜雨ヨウユイさまが目を覚ましたの!」

「はやくはやくっ、おじいさまーっ!」

「だーかーら! 気安くおじいさまとか呼ぶなっつってんだろが、にゃんこども!」


 一心イーシンに呼ばれ、早梅はやめらが退室した後。

 今度は、八藍バーラン八歌バーグェに引きずられた晴風チンフォンが、桜雨の病室をおとずれようとしていた。


「病人のいる部屋ではお静かにだろうが、ったく……」


 晴風は声をひそめ、文句を垂れる。双子をひとにらみして、いざ病室に足を踏み入れたら、だ。


「さすが桜雨ね!」

「私ももう年頃ではないのだし、似合わないんじゃないかしら……」

「なにを言ってるのよ! 淡い色の衣も、上品に着こなせてるわ。似合ってるわよ〜」


 まず、上機嫌な二星アーシンが目に止まった。そのすぐとなりで薄桃色の衣に身をつつみ、ほほを朱に染めて恥じらう美女を目にして、晴風は一瞬呼吸を忘れる。


燕燕イェンイェン……」


 生き写しかと思うほど、最愛の妹に瓜ふたつだったのだ。


「あら……まぁ、これは」


 晴風に気づいた桜雨が、寝台の上で居住まいをただした。


「お初にお目にかかります、青風真君せいふうしんくん。兄よりお話はうかがっております」

「しゃらくせぇ」

「……はい?」


 しばしのあいだ、桜雨は首をかしげる。

 なぜ桃英タオインに──兄にそっくりなかの神仙は、ずんずんと大股で近寄ってくるのだろうかと。


「えっと……?」


 そのうちに、なにか粗相でもしてしまったのかと桜雨が焦りを覚えるころ。


「おじいちゃんとかお兄ちゃんって呼んでもいいよぉおおおっ!!」


 がっと晴風に肩を掴まれ、なぜかめちゃくちゃ抱擁をされてしまう。


「えぇっ!?」


 激しく意味がわからない桜雨であった。



  *  *  *



 一心から茶に誘われた。

 それはいい。問題はここからだ。


 では、いつも茶の支度をしていたのはだれか。

 その考えにいたったとき、早梅は頭をかかえた。


「みなさま、お待たせいたしました」


 手慣れた様子で、卓についた面々へ茶杯を出すのは、もちろんこの男。安心と信頼の愛烏まなからす──黒皇ヘイファンである。

 大人数で談話ができる広い船室へ通されたはずだが、黒皇を前にした早梅は、首を縮めてそわそわと落ち着きがない。


「黒皇……もう怒ってない?」

「怒ってません」

「ほんとの、ほんとに……?」

「私とて、いつまでもいじけているような子供ではありません。反省してくださったなら、もう私から申し上げることはございません」


 たしかに、淡々と返答するのはいつもの調子で、やたら笑顔だった表情も、見慣れた無表情に戻っている。


「へ〜い〜ふぁ〜ん!」


 これには早梅も涙腺が崩壊。だばーっと洪水のごとく涙をあふれさせる。

 黒皇は慌てずさわがず、ふところから取り出した手巾でほほをぬぐったり、背をぽんぽんとしてくるので、余計に早梅が号泣したことは、いうまでもない。


「今度から気をつけよ……」


 あの紫月ズーユェさえ、黒皇に叱られたことを思い出し、身震いをしていた。


「つくづく手強いですね、あの烏……」

「それほど、梅雪メイシェさまたちのことが心配だったのですよ。俺も兄上のお気持ち、わかります」


 卓上で手を組み、黒皇をどう攻略したものか憂炎ユーエンが考えをめぐらせていると、横からことりと茶杯が置かれた。

 反射的に憂炎が見上げると、すぐそばに、濡れ羽色の髪の青年が立っていた。


シアン? 子守りはもういいんですか?」

「はい、七鈴チーリンさまが代わってくださいました」

「ならお茶汲みなんてわざわざせずに、寝てればよかったのに」

「大丈夫です。蓮虎リェンフーおぼっちゃまがすごくおりこうさんで、昨晩は充分に休めましたから。お気遣いありがとうございます、憂炎さま」

「別に……いざというときに寝不足で動けませんなんて、笑えない話ですし」


 にこにこと返してくる爽を前に、無性にこそばゆくなってしまって、憂炎は視線をそらした。

 早梅や紫月が黒皇に弱いのと同じように、憂炎も爽に弱いのだった。


「お待たせしてすまない」

「まぁ、お父さま──」


 聞き慣れた桃英の声が聞こえ、早梅は入り口をふり返る。そして、ぎょっとした。

 なぜだか桜雨が、桃英に横抱きにされていたのだ。晴風と二星のすがたもある。


「いいのかい? ほんとにおじいちゃんじゃなくていいのかい桜桜ヨウヨウ、喜んで抱いてやんよ!?」

「お気遣いだけ、ありがたくちょうだいいたします……」


 しきりに晴風が桜雨にかまっており、早梅はあぁ、とそれとなく事情を察する。


「お祖父様のお手をわずらわせるわけにはまいりませぬ。妹のことは、私が」

桃桃タオタオは真面目なんだからよー」


 桃英にやんわりと制されて、晴風はすねたように肩をすくめる。

 二年間も寝たきりだった桜雨だ。足腰の筋肉等が、衰えた状態。つまり、まだ上手く歩けない桜雨の世話を晴風が熱望して、見事に玉砕した構図らしかった。


継母上ははうえが茹でダコみたいに羞恥で死にそうになってるぞ。じっさま、大物だな」

「仙人さまだからねぇ」


 晴風に抱えられて出歩いた経験のある早梅は、そう遠くない過去を思い出して遠い目をする。

 くすくすと笑みをもらす二星が椅子を引き、そこへ腰を落ち着けたことで、ようやく桜雨も安堵の息をもらした。


「みなさま、お集まりでしょうか?」


 そこへ満を持して、一心の登場である。


「お時間をいただきまして、ありがとうございます。みなさまに、ご紹介いたしますね」


 ゆったりとした足取りでやってきた一心は、周囲を見渡し、にこりとほほ笑む。

 そのうしろに、見慣れない人影を引きつれて。


「こちらの船の責任者、船長をつとめていらっしゃる、陽茶木ヤンチャムさまです」


 そういって、一心が会釈をすると──


「陽茶木。南方の異民族の出だ」


 褐色の肌に、丸坊主。

 一心よりもひと回りはがたいのいい人物が、言葉を継いだ。

 陽茶木と名乗ったその人物は、早梅たちへ向け、簡潔に告げる。


「われらシオン族が、貴君らの安全を保証する」


 その言葉の意味を早梅たちが理解するのと時を同じくして、一心が笑みを深めた。


「それでは、お茶会をはじめましょうか」


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