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第243話 星の導き【前】

 早梅はやめが地下室を出たとき、真っ先に目にしたのは、仁王立ちをした紫月ズーユェの姿だ。

 ほかに憂炎ユーエン六夜リゥイ五音ウーオンも、取り囲むようにして早梅の様子をうかがっている。


「ずいぶんと長話だったじゃないか」


 開口一番に、皮肉をよこされた。

「手短にすませる」と無理を言って紫月らを退席させたのは、早梅だ。

 紫月も心配性が相まってこんな物言いになってしまっているのだと理解できるからこそ、早梅は反論しなかった。


「ごめんなさい。いろいろと問い詰めたんだけど、シュンのやつ、私たちの予想以上に情報を持ってて」

「情報、といいますと?」


 憂炎が問う。早梅はすこし口よどみ、ゆっくりと唇をこじ開けた。


「……私も知らなかった、ザオ家の秘密」

「なんだって?」


 紫月が片眉を上げ、怪訝な顔をする。

 それもそうだろう。早家は長らく外界とのつながりを一切遮断してきた一族だ。

 それなのに、まったくの部外者が一族の秘密を知っているなど、ふざけた話にもほどがある。


 だが、迅が嘘をついているとも思えなかった。

 迅の言葉を信じるとするならば、早梅にもいくつか思い当たることがあったのだ。


「紫月兄さま、お父さまのところへ行きましょう。急いで、お父さまとお話をしないと……」


 うわごとのようにこぼし、紫月の袖を引く早梅。

 そのただならぬ様子を、紫月が見逃すはずもなかった。


「待て梅雪、どういうことか説明しろ。あいつが持っていた情報ってのは何なんだ?」

「それは──」


 早梅は一瞬だけためらい、紫月を見上げる。

 意を決して言葉をつむごうとしたが、叶わなかった。


「梅雪さま! 大変だよ!」

「大変大変、たいへーん!」


 早梅が口をひらくより先に、ぱたぱたと双子の美青年が駆け寄ってきたためだ。

 八藍バーラン八歌バーグェ。主に情報の伝達役を担うふたりだ。

 その彼らが慌ただしくやってきたということは、何かしら事件が発生したということ。


「いったい、どうしたんだい」


 すぐさま五音が問い返すと、八藍、八歌が代わる代わる説明する。


桜雨ヨウユイさまが、大変なことに!」

「お母さまが……!?」

「それで、桃英タオインさまと二星アーシンおばさんが……とにかく大変だからきて! はやくはやくっ!」


 ぐいぐいと早梅の腕を引く八藍と八歌の慌て方が、尋常ではない。

 すばやく目配せをすると、紫月がうなずく。

 直後、早梅たちは駆け出した。


(寝たきりのお母さまのそばには、お父さまと二星さまがついていたはずだ。いったい何が……まさか、急変したのか……!?)


 嫌な考えが頭をよぎり、早梅は気が気でない。

 船内を駆けて駆けて駆け抜ければ、目的のへやへたどり着く。


「お父さま、いかがなされました!? お母さまは──っ!」


 バァン! と夢中で扉を開け放った早梅の目に飛び込んできた光景、それは。


「梅雪……」


 早梅をふり返った桃英。何事かを言おうとして飲み込んだ唇は、震えている。

 つと、桃英の瑠璃の視線がはずされた。その後を追うように早梅が顔を向けると、室の奥の寝台のすぐそばに、二星がしゃがみ込んでおり。


「……桜雨……桜雨」

「えぇ、そうよ」

「桜雨ぃい~!」

「ふふ、わかった、わかったから。苦しいわ、四宵スーシャオ……じゃなくて、二星だったかしら?」

「…………へっ」


 早梅は思考停止した。

 なぜなら、ぼろぼろと大粒の涙を流しながら二星が抱きついていたのは、桜雨だったから。

 魂の抜けた人形のようだった今までとは、違う。


「ううっ、しんぱいしたんだからぁっ! 桜雨ぃ~っ!」

「むぎゅっ……」

紅娘ホアニャン、落ち着いてくれ。桜雨がつぶれる」

「というか私のせいよね、うまくできなくてごめんねぇ~っ! ふぇぇ~っ!」

「紅娘、娘娘ニャンニャン


 二星、大号泣である。

 桃英がどうどうとなだめながら、二星を桜雨から引き離す。そのころになってようやく、早梅も我に返った。


「危うく、また召されるところだったわ……」

「お母さま、目を覚まされたのですか!?」


 寝台へ駆け寄る早梅。

 上体を起こした桜雨の手をにぎると、瑠璃の瞳を見ひらいた桜雨が、ふり返った。

 しばしの時を挟んで、桜雨の瞳が、じわりとにじむ。


「あぁ、梅雪……本当に梅雪なのね。紫月も一緒で……」

「……継母上ははうえ

「心配をかけましたね。会いたかったわ……可愛いこどもたち」


 ぎゅっと、手をにぎり返される感触。

 桜雨が、こちらを見つめている。言葉を交わせる。


「お母さま……よかった……本当に、よかった……!」


 胸の奥から熱がこみ上げる情動にまかせて、早梅は母の胸へ飛び込んだ。

 紫月も目頭が熱くなるのを感じながら、桜雨へ向かって深々と頭を垂れる。


「おや? ふふ、にぎやかでいいですねぇ」


 静かな室に、どこからか穏やかな声音が響く。

 早梅は鼻をすすりながら、桜雨の胸から顔を上げる。すると室の入り口で、にっこりとほほ笑む三毛の青年を見つけることができた。


一心イーシンさま……」


 そういえば、一心と顔を合わせることが、やけにひさしぶりに感じる。

 六夜や五音が迅の尋問をしていたように、一心も燈角とうかくを脱出してからの事後処理などを行っていると、七鈴チーリンが話していたか。


「この船の行き先が決まりました。今日は、そのことをお伝えにきました」


 一心はゆったりとした足取りで歩み寄ってくると、早梅のそばで立ち止まる。

 そして周囲を見渡した後、ひときわまぶしい笑顔を浮かべた。


「まぁ積もる話もあるでしょうし、お茶の時間にしませんか?」


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