「えと、どうも。はじめまして。あれ、会ったことはあるから、はじめましてじゃあないのか……なんて言やいいんだ? あ、朝だから、おはようだな。おはようございます?」
美男美女が多いことで知られる
「おはようございます、
そうこうしていると、少年の後ろから顔を出した女児が、元気よくあいさつをする。
そう年端もいかない女児といえば、早梅の知っている中に、ひとりしかいない。
「
「そうだよ! おじいちゃんたちにいたいのなおしてもらって、
虱だらけでボサボサだった髪は、もとの栗色がわかるまで丹念に洗われ、切りそろえられている。
「萌萌と一緒にいる、ということは」
「はい、おれが萌萌の兄で、
「そうかい、よろしくね」
萌萌の兄、空羽。
「そうだ空空、からだのほうは大丈夫なのかい?」
「そりゃあおかげさまで毒も抜けて、もうへっちゃら……って、田舎モンがぶしつけに、申し訳ないです」
「いや、楽にしてくれていいよ。私に敬語は使わなくてもいいからね。年も近いし、仲良くしてくれるとうれしいな」
「じゃ、お言葉に甘えて……今日会いにきたのは、お礼が言いたくて」
空羽は早梅へ向かい、居住まいただした。
「うちは早くに両親が死んじまって、萌萌はろくに父ちゃんと母ちゃんの顔も覚えてない。その上、おれがあんなことになって……もし萌萌を独りぼっちにさせちまったらって思うと、いまでもゾッとする」
震える声を吐き出す空羽。そんな兄に何を思ったか、萌萌は黒目がちの瞳で空羽を見上げ、ぎゅっと手をにぎる。
はっとしたように萌萌を見た空羽は、くしゃりと笑みを浮かべると、ちいさな手をにぎり返した。
「でも、
深々と腰を折る空羽にならい、萌萌も頭を下げる。
「私は、私のすべきことをしただけだよ」
おもむろに手を伸ばした早梅は、空羽、ついで萌萌の頭をするりとなでる。
そのあまりに優しい手つきに、思わず顔を上げた兄妹へ、早梅はふわりと笑みをほころばせた。
「いままで、がんばってきたね。つらいことにも負けずに、よく耐えた。空空も萌萌も、強い子だ。自信をもって生きてほしい。私がいるからには、君たちに理不尽な思いはさせないと約束する」
そこまで言って、早梅ははたと気づいた。
空羽が、呆けたようにこちらを見上げている。
「あれっ、何か変なこと言ったかな? えっと、私だけじゃ心もとないかもしれないけど、猫族のみなさんもいるよ。頼れる大人がいるから、困ったことがあったら遠慮せずに、頼ってね!」
慌てて補足したものの、また見当違いなことを口走ったらしい。空羽の黒い瞳が、じわりとにじむ。
まさかの反応に、早梅は焦った。
「えっ? なんで? 空空どうしたの~!?」
「この鈍感め……」
「ねぇそれどういうことなの、兄さま!」
「
「
紫月や憂炎だけではない。
みなの微笑ましげな表情のわけを、当の早梅だけが理解できていなかった。
「ごめん! そういうふうに励ましてもらうの、はじめてで、うれしくて……すごい、心強い。おれにもねえちゃんがいたらなって、ちょっぴり思った」
空羽は萌萌を、たったひとりの家族を守るために、相当な苦労をしてきたのだろう。幼い妹のために自身のことは後回しにして、たくさんのことを諦めたり、我慢してきたはずだ。
それが容易に想像できてしまうからこそ、早梅にこんなことを言わせた。
「家族になってみる?」
「…………え?」
「血のつながりがなくても、お互いが想い合うこころさえあれば、家族のように強いつながりになると思うんだ。だからね、君さえよければ、私に君を甘やかさせてほしいな」
頑張ってきたお兄ちゃんに、「えらいね」と言ってあげられる存在になりたい。それが早梅の心境だった。
空羽はまんまるに見開いた黒い瞳で、ぱちぱちとまばたきをして、「それじゃあ……」と口をひらく。
「梅ねえちゃんって……呼んでもいい?」
「もちろん!」
「ふは、即答だぁ」
これには空羽も吹き出した。緊張がほぐれたようだ。
「梅ねえちゃん……うん、こそばゆいけど、なんか、いいな。なぁ、梅ねえちゃん」
「うん? なにかな、なにかな?」
気恥ずかしそうにはにかむ空羽につられ、早梅も微笑ましく返事をすると。
「……おや?」
おもむろに近寄ってきた空羽に、ぎゅっと抱きつかれた。
寝台に腰かけていた早梅は、空羽の胸に顔をうずめるかたちとなる。
なんなら脳天に空羽のあごを乗せられ、すりすりされているような気もする。
「いいにおいがするし、あったかいや……えへへ」
そういえば、あごをすりすりするのは兎の愛情表現のひとつだと、どこで聞いたか。
「にいちゃんずるい! 萌萌も!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、空羽の袖を引っ張っている萌萌も、早梅に『すりすり』したいらしい。
「おやおや、まぁまぁ。あはは」
なんと可愛いことをするのだろうか。
ひとしきり空羽と萌萌の好きにさせていた早梅は、最後の最後で腕いっぱいに抱きしめ返し、思う存分仕返しをしてやったのだった。