「……
蠱毒師だ。先ほど
(やはり、こどもだったか)
蠱毒師たちの外套はぼろぼろに破け、隠していた顔がさらけ出されていた。
まだ前髪も結い上げていない黒髪で、よく似た顔だち。双子なのか、はたまた年の近い姉妹なのか、どちらも、七つにも満たないような女児だった。
(こんなこどもが、どうして蠱毒師なんかに……)
この幼さで、禁術を生業とする道をえらんだのだ。その境遇は、想像を絶するほど壮絶なものだろう。
悲痛な思いでつかの間思案するも、早梅が蠱毒師らの心情を汲み取るよりも先に、
「見た目ほどこどもじゃないぞ、そいつら。十五は行ってるしな」
「……なんだと?」
「ほう……」
迅の発言の意味がすぐにはわからない早梅をよそに、
それから何を思ったか。きびすを返した憂炎が、一歩、また一歩と、蠱毒師の姉妹へ向け、歩みはじめた。
「ひッ……こないで、こないでってば! やだぁ!」
「だ、大丈夫、だっておにいちゃんが、助けてくれるもん……!」
わっと泣き出してしまった妹を、姉がなんとかなだめようとしている。
「そうだよね? 約束したもんね、おにいちゃん!」
すがるように振り返った姉に向かって、迅は笑った。美しすぎるその顔で、嘲笑するように。
「なぜだ? 血も繋がってない餓鬼の世話を、なんで俺がしなきゃいけない?」
「え……?」
予想外の返答だったのだろう。姉はぴしりと、石のように固まってしまった。
「うそ……だって、約束した! こわい人間たちから、わたしたちを守ってくれるって! おにいちゃんがいてくれるから、陛下も見逃してくれるって、言ってた!」
「あぁ、たしかに約束したな。
「なっ……」
投げかけられる言葉のことごとくを、迅はくずかごへ放るように一蹴する。とうとう、姉妹ともども、呆然と言葉を失ってしまった。
「やはり、そうでしたか。薬草か何かですかね……趣味の悪い香を焚きつけて、『におい』を隠しても、わたしはごまかせませんよ?」
「あ……」
「ねぇ、なんとか言ったらどうですか? 命令、してるんですが?」
「族長、さま……」
その瞬間、早梅は驚愕に見舞われた。
冷え冷えとした笑みを浮かべる憂炎に、圧倒されたのだろう。おびえた様子で抱き合い、憂炎を見上げる姉妹の頭に、すぅ……と黒い三角耳が現れたのだ。目をこらせば、ふさふさの黒い尾も見える。
「ふふ、そうです、わたしが
いったい、何が起きているのだろうか。
早梅が状況を理解するまで、かなりの時間を要する。
「狼族の女は成長が遅く、成人が十七だって聞いたことがあったな。つまり、蠱毒師も獣人で、まだ聞き分けのいいこどもの時期を狙ったそこの変態野郎に、いいように騙されてたってわけか」
「親愛なる
「それでいいのかよ、族長さまよ」
「大好きな
「自信満々に言うことじゃないぞ」
「とはいえ、わが狼族の一員が、罪なきひとびとに甚大な被害を与えたことに変わりはありません。わたしは族長として、厳罰をくださねばなりません。まったく、どいつもこいつも……」
実力主義の一族である狼族。
族長の代替わりも、命懸けの決闘によっておこなわれる。
殺伐とした一族の掟にのっとり、厳罰をくだすというのなら、憂炎が何をするつもりなのかは、火を見るよりあきらかだ。
「ゆ、ゆるして……」
「それがひとに物を頼む態度ですか? 自分が何をしたのか、本当にわかってます? 獣人の監禁、殺害、人体実験、その他諸々の非人道的な行為に、加担したんですよ?」
「だってそうでもしなきゃ、わたしたちが殺されてた!」
「おや、いまさら被害者気取りですか? 蠱毒に苦しむ獣人奴隷たちを見て、面白そうに笑ってましたよね?」
「だって、だって……」
「ほら出た、『だって』が。自分たちを正当化しないと気がすまないんですね。おこがましいにもほどがあります。犠牲になった獣人たちのために、死んでお詫びするしかないと思いませんか?」
「わ、わたしたちが悪いです! だから殺さないで、お願いします……死にたくない死にたくない死にたくない……」
「はぁ、身勝手すぎて呆れますよ」
憂炎はため息をもらすと、ガクガクと小刻みに震えはじめた姉妹のほうへ、また一歩。
「仕方ないですね。わたしは優しいので、苦しまないように逝かせてあげます」
「ひッ……!」
いくら訴えかけられようとも、憂炎の考えは揺るがないようだった。姉妹に向け、右手をかざす。
が、憂炎の手のひらにぽう、と蒼い炎が灯ったとき、憂炎と視界をさえぎる影があった。
「お待ちください」
爽に真正面から見つめられた憂炎は、険しく眉をひそめた。
「……面白いことをしますね。どきなさい」
「いいえ、どきません。まだこどもです」
「そのこどもが、禁術を使って、多くのひとを殺めているのですよ」
「脅されて、利用されていました」
「だから見逃すと? 甘いですね。甘ったれた考えです。お情けで見逃したところで、罪が消えるわけではない」
「おっしゃるとおりです、この子たちの罪は消えません。俺もそうです。だから俺は、奪ってしまった命を、一生この身に背負って生きていく。そう決めました。それは、あなたも同じはずです」
「……何が言いたいのです?」
「梅雪さまの手を、血で汚れさせたくないと、みずから悪役を買って出ている。おのれの手を汚す覚悟がなければできないことです。すべて、梅雪さまのためなんですよね、教主さま。いえ、憂炎さま」
爽の夜色のまなざしを受け、一瞬、憂炎が沈黙する。
「梅雪のところに行って、気が大きくなりましたか? わたしを論破することに喜びでも覚えました?」
「違います。俺は、言い争うつもりはありません。そんなことしなくたって、梅雪さまを第一に考えるあなたならば、もう『答え』は出ているのではないですか?」
ひとつ、憂炎が嘆息する。
そしておもむろに、早梅を振り返った。
「それじゃあ彼女らの処遇は、梅雪に決めてもらいましょうか。あなたが殺せというなら殺します。逆も然り。どうしたいですか?」
「憂炎」
「……なんて、訊くまでもなかったですけどね」
そう、あえて伝えるまでもない。
憂炎が早梅の意思を汲んでいたように、早梅もなんとなくわかっていた。憂炎が何を考えていたのかが。
「罪の重さを自覚してもらうために、その子たちをわざと脅したんだろう? 私も途中まで本気だと思って、ヒヤヒヤしたよ」
緊迫した場に、くすりと、笑い声がもれる。
「さすが梅雪ですね。わたしのことはなんでもおみとおしだ。照れちゃいます」
憂炎がそういっておどけてみせると、手のひらに灯った蒼い炎が、すぅっと夜闇へ消え入った。
「そういうことです。お人好しの爽と、慈悲深い梅雪に、感謝なさい?」
「……え……あ…………え?」
理解が追いつかないのだろう。何をするわけでもなく、たたそこにたたずんでいるだけの憂炎を、姉妹は呆然と見上げるしかない。
そんな姉妹の様子を見つめていた爽が、そっと口をひらいた。