荒ぶるいかずちが、闇夜を
まばゆすぎる閃光。鼓膜を引き裂くような轟音。
吹きすさぶ風の音と、木々のざわめきが止んだとき、
(|迅《シュン》はどうなった……クラマくんは!?)
果たして、ふたりの決着の行方は。
素早くあたりを見渡した先で、蓮池にぷかりと浮かび上がった黒ずくめの男の姿を目にし、早梅は息を飲む。その直後だったか。
「
「へっ? えっと、うわぁ~っ!」
呼ばれたかと思えば、早梅を唐突な圧迫感が襲う。
たちまち、慣れ親しんだおひさまの香りに包まれた。
「苦しいよ、
どうやら、岸辺から水面の舞台へ颯爽と駆けつけた黒皇に、痛いほど抱きしめられているらしかった。
もぞもぞと黒皇の腕の中から顔を出す早梅だが、抗議でもするかのように、ぎゅうう、と抱擁を強められる。
「……
「
早梅のすぐとなりでは、真顔の桃英に詰め寄られた
黒皇も桃英も温厚で物静かな性分であるがゆえに、行動による主張がすさまじかった。
「……死のうと、なされましたね」
低い声音の問いに、早梅はぎくり、とした。
心当たりしかない。黒皇が言っているのは、刺し違えてでも報いようと、早梅が迅へ攻撃を仕掛けたときのことだ。
「なぜ……みずからを省みず、無理をなさるのですか。
「……ごめん……ごめんよ」
早梅は張り裂けそうなほど、胸が痛んだ。けれど本当に悲しいのは、黒皇だ。自分が泣くのはお門違いだ。唇を噛みしめ、ごめん、とだけ、繰り返す。
「あぁ、嫌だ……こんな恨み言を言う自分が嫌だ……わかっているのです。お嬢さまは、必死にみなを守ろうとしていたのだと。だから、ちがうんです。私が本当に伝えたいのは、こんなことじゃなくて……」
言葉を詰まらせ、声を震わせた黒皇が、ふいに腕をゆるめる。それから、早梅の手にそっと指輪を握らせると、黄金の隻眼に早梅を映し込んだ。
「ご無事で、ようございました……それ以上に尊いことなど、ございません」
「黒皇の言うとおりですね。梅雪さん、君は強いです。自分が傷ついても、みんなを守ろうという気持ちが強すぎる。その強さが……僕は怖いです」
早梅のそばに駆け寄ってきたのは、黒皇や桃英だけではなかった。
とりわけ一心は、琥珀色の双眸をゆらめかせ、今にも泣いてしまいそうに声を震わせる。
「君を
「一心さま……」
「よかった……君が無事で、本当に、よかった……!」
感極まった一心が、しなやかな腕で早梅の背を掬う。
このときばかりは黒皇も、自身の腕から早梅がさらわれゆくのを、留めはしなかった。
「ごめんなさい、一心さま……」
「もう、無理はしないでくださいね? 約束ですよ? 約束をやぶったら、おしおきですからね?」
脅しのつもりなのだろうか。ぎゅうぎゅうと早梅を抱きしめながら一心がそんなことを言っているが、涙ながらにそれは、なんとも説得力がない。早梅は思わず、笑ってしまった。
「はいはーい、それなら一心さま、僕に名案があります! また梅雪さまが無茶したら、
「んっ? ちょ、
かくして油断しているときに、この爆弾発言である。
「え? 梅雪さま、僕たちのお嫁さんだもんね? どうせそのうち赤ちゃんは作るでしょ?」
こちらが間違っているのだろうか。そうと錯覚するほどに、きょとんと首をかしげた
「なるほど。それはいいかも!」
「よかないですよ! 詩詩! 一心さまに変なこと吹き込まないで!」
「あはは、梅雪さま照れてるの? かわいい~」
「詩詩!」
「ごめんなさーい! とまぁ冗談は置いといて、よいしょっと」
早梅の抗議に悪びれもなく爽やかな笑みを返した九詩が、何やら肩にかついでいたものを地面にどさりとおろした。
「てなわけで、落ちてたので拾ってきました。皇子さまです」
「うぐっ……もっと、丁重にあつかえよ……」
「ろくに歩けないのを、ここまで連れてきてあげたんでしょ? 文句言わないでよね」
「うるせぇ……つーか聞いたからな、おまえのセクハラ発言バッチリ聞いたからな……あとでぶっ飛ばしてやる……」
「死にかけのひとがなに言ってんだか。いいからおとなしくくたばってなよ」
「殿下……!」
早梅ははっとして、地面に投げ出された
暗珠はうずくまった状態でなんとか起き上がろうとしているが、手足に力が入らないのだろう。身動きが取れずにいる。
ぽたぽたと、白蛇に噛まれた右腕からの出血が依然として続き、顔色も蒼白だ。
「すごい怪我だ……まだ血が……止血しないと」
「さわんないでください。これくらい……自分でどうにかします」
「……なんて?」
「汚れますよ。自分でやるので、あっち行っててください」
ツンとした様子で言い放った暗珠の頭上で、「あちゃー」と九詩が呆れ気味に肩をすくめる。
暗珠のことだ、早梅をわずらわせたくなくて、遠慮しているのだろう。だが天邪鬼ゆえに、言葉の厳選を誤ってしまった。
眉間を押さえた黒皇がそっと早梅を見ると、わなわなと肩を震わせており。
「あぁそうかい…………このおばかっ!」
ばちこーん! と、早梅の平手が、暗珠のほほを直撃した。
「いっでぇ! いきなり何すんだよ!」
「やかましい! こんなときに強がってる場合かい!? 君がどんだけ強くたって、いつまでも血ぃ垂れ流してたらそのうち死ぬんだぞ! 死にたいのかい!?」
ただでさえ暗珠のからだは蠱毒に侵されており、無理をして雷功を使った反動もある。全身がぼろぼろなのだ。
「君が死んじゃったら、悲しいよ……」
言葉にして、あぁ……と早梅は感嘆する。
(そうか……そうだったんだ。黒皇や、一心さまも、こんな気持ちだったんだ)
無茶をする早梅を目前にして、気が気ではなかったことだろう。
自分がどれほど心配をかけてしまっていたのか、早梅は痛いほどに理解した。
「もう……いいよ」
ならば伝えなければ。暗珠に。