「し、失礼しました! 柄にもないことを……その、距離感が、わからなくて……」
平然とハグをしてきたかと思えば、手にキスで真っ赤になって。たしかに、異性に対するふれあいが、
褒めたのに、顔を茹でダコにさせて謝られる。現代風にいえば『テンパっている』だ。その初々しさったら。
「ははっ。こっちきて、爽。頭なでたいなぁ」
「え? あ、かしこまり……う、うぅん……」
「うれしい……うれしいんですけど、ちょっと、不本意でもあるような……」
「あらら」
どうやら予想以上に、爽は感性がするどいようだ。早梅がほほ笑ましく頭をなでる理由が明確にはわからずとも、直感的に理解したのだろう。
馬鹿正直に、男女の情より母性が勝っているとは、白状しないでおく。この様子だと、拗ねられてしまいそうなので。
なんて、脳天気な考えだった。
早梅がごめんねの意味を込めてハグをしようとすれば、むっと唇を尖らせた爽の腕が伸びてきて、あっという間に胸の中。
「わっと! いじけたのかい? ごめんよ。ちょっとくるし……あっはは! くすぐったい!」
なだめるように爽の背を軽くたたく早梅だけれども、ぎゅうう、と腕の力が強まり、息苦しさに顔をしかめるひまもなく、笑ってしまう。
すりすりとほほをこすりつけられ、爽の濡れ羽色の髪が、首すじをくすぐってたまらないのだ。
一連の抗議を無言でしかけてくるあたり、さすが
「……
「うん? ……えっ、ちょっ」
ぼそりともらされた独り言。
遅れてその意味を理解した早梅が、今度はかぁあっと顔を発火させる番だった。
「
「ちょっと、まってまってまって! え、爽、なんで知って……」
「俺は、梅雪さまが思うより純情じゃないです。『そういうこと』をしたいって願望くらいあります。男なんですから……!」
「うわぁあああ!」
最後の最後で爆弾を投下された気分だ。
爽は純情じゃないと否定するが、真っ赤になりながらそれは説得力がない。
驚きやら羞恥やらで訳がわからなくなるが、男女のアレソレを自慢げに言いふらしたであろう一心たちには、あとで一発入れよう。そうしよう。
「ね、
「間違ってる! がんばる方向が間違ってるよ!」
「あ……でも、ただでさえあれだけ濃厚な
「間違ってる! 心配する方向も間違ってるよ、爽!」
兄に抜け駆けを詫びる爽には、こちらの言葉が届かない。
抱くことは決定なのだろうか。この純情青年、何気にグイグイくる。
「……ギュウ」
「ギュッ!」
救世主ともいえる鳴き声がきこえてきたのは、早梅がとほうに暮れていた、まさにそのときである。
「うん? この鳴き声は……わわっ!」
何事か思い当たるころ、思わぬ場所からあらわれた『彼ら』に、早梅はまんまと驚かされる。
兄に似て生真面目な爽が、いつもより緩めな装いだなと思ってはいたが。くつろげた襟もとから、もぞもぞと黒い物体がふたつ、顔を出したのだ。
烏のこどもだ。きょろきょろとあたりを見まわして首をかしげたり、濡れ羽の翼をひろげたりと、各々のやりたいようにやっている。
「
「おや、その子たちは昨日の」
「えぇ……おとなしいほうが兄の暁、元気なほうが弟の茜です。ごはんを食べさせてひとしきり遊んだら、眠いのか愚図ってたんですけど、なぜか俺のふところに入りたがって」
「すっかりなつかれてるね。やぁ、私は梅雪だよ。怪我はよくなったかい? 暁、茜」
「ギュー」
「ギュ!」
「あ、こら、おまえたち!」
にこやかにのぞき込むと、爽の
「おやおや。甘えたさんかい」
「申し訳ありません、梅雪さま……」
「かまわないさ。こういうのはこどもの特権だよ。ふふっ、かわいいねぇ。よしよし」
「キュウ……」
「クゥ……」
袖でつつみ込み、ちいさな頭を指の腹でなでてやると、暁も茜も目を細め、胸へすり寄ってくる。
あれだけ警戒心の強かった子烏たちがこうも甘えるのは、じぶんたちを助けてくれたのが早梅だと、理解しているからなのだろう。おさないながらに賢い子たちだ、と爽は思う。
「あなたは、人のみならず、動物までもことごとく魅了してしまうのだな」
ほほ笑ましい日常のひとときに、子烏とたわむれていた早梅は、はたと顔を上げる。
ゆったりとした足取りで歩み寄る少年のすがたを、向かい合った爽の肩越しに認めた。
「殿下……!」
鈴の声音に呼ばれた
長らく離別していた想いびとを前にしたように。ともすれば、泣き出してしまいそうに。
「私の姫……梅雪。あなたはどうして、そんなにもまぶしいのか」