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第190話 己が意志にてつがう【中】

 早梅はやめは目前の茶杯を引っつかみ、まだ熱いその中身を床にぶちまける。


梅雪メイシェちゃん!」

「梅雪さま、ご無事ですか!」


 すぐに六夜リゥイ五音ウーオンが声を上げ、飛びつくように駆け寄ってくる。

 突然の早梅の行動を責めるでもなく、むしろ火傷などしていないかと、案じてくれているほどだ。


一心イーシンさま……私はいま、とても怒っています。一心さまのおっしゃることが、全然理解できないからです。まったく、これっぽっちも」


 早梅は空になった茶杯を、ひっくり返したそのままに、卓へ叩きつける。

 丸みをおびた一心の琥珀の瞳が、そのさまを見つめていた。


「物を買うにしてもそう。なにかを得るために、なにかをさし出すのは、当たり前のことでしょう。それも一心さまが言っている『マオ族の秘密』は、お金では買えない、猫族にとってたいせつなことなんですよね。お金の価値がつけられないなら、こころをさし出す。それって、対価としてまっとうなものだと思うんです」

「……まっとうなもの?」

「そうです。それなのに一心さまときたら、まるでじぶんを悪人みたいに仕立てあげて、私に私自身を犠牲にしろって言うんです。みなさんに私をさし出すことは、私にとって損失なんですか? 『だいじなことを教えてくれてありがとう』って、感謝の気持ちでいちゃいけないんですか?」


 とたん、息をのむ気配がある。

 一心だけではない。六夜、五音までも、食い入るように早梅を見つめている。


「私が嫌がる前提で話を進めないでください! 私の気持ちを勝手に決めつけないでください! だから怒ってるんです、私は! ってゆーか、そもそも私が好き放題される前提なのも納得できません! 私だって女の色気でみなさんを骨抜きにしてやれるんですから、舐めないでくださいっ!」


 きゃあきゃあとまくした立てた後は、痛いくらいの静けさがおとずれる。

 感情的になってしまい、最後のほうは突拍子もないことまで口走ってしまった気もするが、まぁいい。言いたいことはぜんぶ言ってやった。


「ぷっ……あははははっ!」


 どっと笑い声を上げたのは、六夜だ。


「いやもう、なんていうか、梅雪ちゃんらしいっていうか。どこまで惚れさせれば気がすむんだか」

「ほんとうにね。ふふ、これは反則ですよ、梅雪さま」

「んっ?」


 六夜だけでなく、五音も小刻みに肩をふるわせている。


「見事に一本とられましたねぇ、一心さま?」


 六夜に名指しされた一心が、卓にひじをつき、頭をかかえている。


「もう……君ってひとは……っ!」

「わぁっ!」


 かと思えば、がたりと椅子を鳴らして立ち上がり、飛びついてくるので、早梅は黒とキジトラと三毛、三匹の猫まみれになってしまった。


「昨日まで、あんなに嫌がってたじゃないですか……」

「嫌がってたわけじゃなくて……恥ずかしかったんです」

「……僕たちとするのが、嫌じゃなかった?」

「嫌なわけないですってば! みなさんが私をたいせつに想ってくださっていることは、よく知っているつもりですし……乱暴するわけないって、わかってますから」


 恥ずかしさで発火してしまうくらいに顔が熱いけれど、この際だ、すべて白状してしまえ。


「すくなくとも、みなさんはどっかのロリコンくそやろうとちがって、遥かに魅力的な男性だと思います。だから、嫌では、ないです。私がその、恥ずかしかっただけですから……」


 語尾はごにょごにょ……と消え入ってしまい、なんならこのまま消えてしまいたい早梅であった。


「よし、抱こう」

「これは抱かずにはいられませんね」

「ぜってぇ孕ます」

「ふぇっ!?」


 なにやら不穏な会話が聞こえてきたのだが。


「あのあのっ……さ、三人同時に、ですか……?」

「逆にきくけど、俺たちのだれかをおあずけにして、そのあと無事でいられると思ってんの?」

「う……五音さま……」

「おや、私をご指名ですか? ふふ……あまり焦らされては、本気に、なってしまいますねぇ?」

「ひぇっ……」

「梅雪ちゃん、五音のやつ、こう見えて俺より性欲強いから」

「さぁ梅雪さま、寝台へおつれしましょうか」

「まってまってまって……!」


 展開がはやい。いくらなんでもはやすぎる。

 大混乱のさなか、五音にひょいと抱き上げられた早梅は、あっという間に寝台へ連行されてしまう。


「あぁ五音、梅雪さんをつぶさないように気をつけて」

「てか、なにしれっと抜け駆けしてんだよ。最初にだれを選ぶか決めんのは、梅雪ちゃんだろうが」


 五音に組み敷かれた矢先、寝台には一心が腰かけ、六夜もひざを乗り上げてくる。

 正気なのか。ほんとうにこれから、この三人の男たちを相手にしなければならないのか。


「梅雪さん。お嫌なら、僕たちの『字名あざな』を呼んで、拒否してください。猫族の男は本能的に、つがいの命令にしたがってしまうのです」


 完全に逃げ道をふさいでおいて、選択肢はあると、期待させるのか。


「……ずるいです」


 ほんとうに、意地悪な猫たちだ。


「『玲音リンオン』さま」

「はい、私の愛しいひと」


 五音が応え、するりと、早梅に指先をからませる。


「『天夜ティエンイ』さま」

「ん。梅雪ちゃんの言うとおりにするよ」


 六夜がはにかみ、ちゅ、と唇で早梅のほほをくすぐる。


「『和心フーシン』さま」

「えぇ……僕はここに」


 一心が吐息をもらし、掬いとった早梅の翡翠の髪に口づける。


「…………やさしく、してください」


 たっぷりの間をへて、早梅がやっとの思いで口にすれば、一拍を置いて、猫たちが満面の笑みをほころばせた。


「お姫さまの、おおせのままに」


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