──
そのしらせは、耳にしただれもをにわかに震撼させた。
ようやく、再会の喜びを分かち合うことができる。
その期待が、間もなく打ち砕かれることになろうとは、知りもせずに。
「お母さま……」
北向きに面した
たしかに寝台から起き上がって、そこにいた。
「お母、さま……どうして……っ!」
しかし早梅は、悲痛に泣き崩れる。
とっさに早梅を抱きとめた
桜雨は目を覚ましたが、ひと言も発さなかった。
瑠璃の双眸はうつろとしており、夫も、娘も、だれひとりとして映すことはなかった。
物言わぬ人形のように、そこにただ在るだけだ。
「ちょいと失礼するぜ。……まさしく、抜け殻だな」
桜雨の前で腰をかがめ、手早く容態を確認した
「なんだか、においますねぇ……」
一歩離れた場所で早梅らを見守っていた
「そう思われませんか?
ふり返った先、室の入り口に三毛の青年が駆けつけたことを、いち早く察知した上で。
言外に追及する柘榴色のまなざしとしばし対峙した琥珀の双眸が、つと逸らされ、早梅へと向けられた。
「
静かに歩み寄った一心が、早梅の手をとり、濡れたほほを指先でぬぐう。
柔和な声音は、平生と変わらぬ一心のものに違いない。
だがそこにわずかな違和感があるのを、このときの早梅は、不思議と敏感に肌で感じとった。
「たいへん申し訳ありませんが、ほかのみなさまは、別室でお待ちを」
「こんな状態の梅雪を、独りにしろと? いささか冗談がすぎませんか、一心さま」
「これは、僕たちと彼女の問題です。お控えください」
一心は多くを語らない。ただ早梅を寄こせとだけ主張する。
あまりの身勝手に、憂炎は腹の底でくすぶる熱をおさえられない。
「いいんだ、憂炎」
殺してやろうか、とさえ思った。
そんな憂炎の激情を押しとどめたのは、ほかでもない早梅であった。
「……まいりましょう、一心さま」
早梅は一心の手をとる。
瑠璃の瞳を濡らしてなお、毅然として前を向く早梅の背が遠ざかるのを、桃英、そして晴風も、黙って見守ることしかできなかった。
* * *
早梅が案内されたのは、はじめて目にする室だった。
聞けば一心の寝室だという。
なぜだか、
ふたりは多くを訊かずに早梅を抱きしめると、六夜が早梅の手を引いて卓の一席に座らせ、五音が茶器を運んできた。
「此度の桜雨さまの件に関しましては、心中お察しいたします。お母さまのことを想われ、気が気でないことでしょう」
向かいの席に腰を落ち着けた一心が、口をひらく。
「今日お越しねがいましたのは、まず謝罪をさせていただくためです」
「謝罪、ですか?」
「えぇ。単刀直入に申し上げます。桜雨さまがあのような状態になってしまったことに、われわれは心当たりがあります。いえ、原因そのものでしょうか」
「なん、ですって……!」
──なにが原因なのか、私にはわからない。
──だが、おそらく一心殿は、真相をご存知だ。
再会した日、桃英が話していたことを思い出す。
その予想は現実となって、早梅の前へあらわれた。
「真実を、知りたいですか?」
「当たり前です……!」
それで桜雨が救われるなら、なりふりかまってなどいられないと、そう思っていた。
「では、梅雪さんにおねがいがございます。『すべて』をお話しします。その対価として、僕たちに抱かれてください。いま、ここで」
「なっ……」
なにを言われているのか、早梅は理解ができなかった。
時間をかけて咀嚼したところで、納得できるはずもないだろう。
「これからお話しすることは、
一心の言葉が、早梅の頭上に重くのしかかる。
直面しているのは、それほどまでに重大な出来事なのだと、思い知らされる。
「六夜、五音、そして僕。ひとりに抱かれるごとに、『猫族の秘密』を、ひとつずつお教えします。君の覚悟を、見せてください」
「取り引き……ですか」
「そう捉えてもらってもかまいません。もし倫理観というものが君の邪魔をしているのなら、そんなもの捨ててください。猫族に愛されるとは、そういうことです」
そのとき、琥珀のまなざしがわずかに影を落とした。
さびしげに、一心は言葉をつむぐ。
「どんな手を使ってでも君を手に入れようとする愚か者を、
「一心さま」
「……そこのお茶には、媚薬が入っています。覚悟ができたなら、どうぞ、お飲みください」
「っ……!」
早梅はもう、我慢ならなかった。