「んっ……」
丁寧に血を舐めとった
「はい、上書きできた。ねぇ……口づけもしようか? いい気分になって、よく眠れるよ」
「だめだよ……憂炎」
「えぇ、ここにきておあずけ? 生殺しじゃないかなぁ」
「やっ……!」
「ふふ、からだは素直に反応してるのにね。かわいい」
ちゅ、ちゅ、と耳に口づけられたかと思えば、かり、と甘噛みをされる。声を押し殺せなかった早梅は、じぶんが恨めしい。
「でも、嫌われたくはないからね。
翻弄されている一方で、どこか安心感がある。
思わず身をゆだねてしまいそうになるのは、『この子は乱暴をしない』と、信じているからなのだろう。
盲目的ともいえる重い愛。けれど
「ゆう、えん……っ!」
「おっと!」
早梅はなんだか無性にほっとして、しがみつく。
憂炎は抱きとめてくれた。
「悪いやつにやなことされたんだね。俺が見張っててあげるよ。そばにいるから、大丈夫、大丈夫……」
この子の前で弱音を吐くのは一度きりだと決めたくせに泣いてしまう情けないじぶんを、すべて包み込んでくれる、たのもしい腕だった。
いつの間に、この子は立派な男のひとになっていたんだろう。
よしよしと頭をなでられて、早梅は余計に泣けてくる。憂炎という存在にとっくの昔にほだされているのだから、すこしくらい、いいだろう。
「ちょーっと目を離した隙に、でかいわんこが増えてやがるんだが!?」
「あっ、おじゃましてますー、おじいさま」
「じゃれんのもそこまでだ。
ちょうど水桶と手ぬぐいをかかえた
憂炎も憂炎で晴風が仙人である事実をすんなり受け入れた肝のすわりようなので、動じない。
「いいこにしてますから、そばにいちゃだめですか?」
「いいこならそもそも空気を読んで出てくもんだよ!」
「えー、わたし、梅雪といっしょにお風呂とか、寝たことありますよー?」
「それはちびっこのときの話だろが!」
「ふふっ……」
晴風と憂炎のやりとりを見ていると、気が抜けて、早梅は笑ってしまった。
「ふたりとも、ありがとう。モヤモヤした気分でしたけど、すっきりしました」
「食べちゃいたいくらいに、愛らしいえがおですね……」
「おいそれは聞き捨てならねぇなぁ!」
もはや本音をかくしもしない憂炎のつぶやきに、すかさず晴風のツッコミが入る。
平和な日常の風景に、早梅もこわばりがほどかれるようだった。
「──梅雪!」
そんな和やかなひとときが、一瞬にして様変わりする。
ぎょっとしたのは、寝室の入り口にたたずんでいた晴風だ。
「お、おう……なんだ、おまえさんか。そんなに慌ててどうしたよ?
「……お父さま?」
そんなはずはと早梅も疑問に思えども、寝室へ足を踏み入れたのは、たしかに
──
ふいによみがえる言葉があり、早梅は思わず手足が緊張する。
ききたいことはあれども、深刻な桃英の面持ちを前にして、言葉が出てこない。
「
桃英は告げる。瑠璃の瞳をゆらめかせ、声をふるわせながら。
「桜雨が、目を覚ました……!」
いつの間にか空は白み、夜明けがおとずれていた。