やがて離れの一角、北向きに面した
もともと、ひろさのわりにひとけの少ない屋敷だが、ここはとくに静まり返っており、部外者を寄せつけぬ、不思議な空気感を漂わせていた。
「俺だ。ちいとばかし邪魔するぜ」
扉をこぶしで軽く叩きながらひとつ断った晴風が、ふり返り、暗珠へ目配せを寄こす。
入れ、という意味だろう。
暗珠は気を引きしめ、扉をひらいた晴風の背に続く。
「いかがなされましたか、お祖父様」
そして暗珠は、すぐに思考停止する。
歩み寄ってきた人物が、すこし大人びてはいるが、晴風と瓜ふたつ、まさに生き写しの青年であったためだ。
「いきなり悪ぃな、
「私に来客、ですか。いったいどのような──」
晴風の後ろにたたずむ暗珠を瑠璃の双眸にとらえた刹那、
構えの体勢を取ってしまったのは、条件反射だ。
「……これはどういうことか、お教えねがえますか、お祖父様」
「俺の独断だ。責任は取る。こっちの坊主と話してやってくれ。こいつには、『知る権利』がある」
顔を合わせるのははじめて。まだ名乗ってもいない。しかしながら暗珠も桃英も、相手が何者なのか、直感的に気づいていた。
さきに口火を切ったのは、桃英だ。
「そのたたずまいは、皇室関係者──
「相違ない。貴殿は
「早桃英。
腰を折り、淡々と、流暢に告げる桃英は、腕に赤ん坊を抱いていた。
「……そちらの子は?」
梅雪に弟がいただろうか。原作の知識は網羅していたはずだが、思い当たる節がない。
素朴な疑問を投げかけた暗珠に、桃英はつと瑠璃の瞳を細める。
「まぁま?」
緊迫の静けさを、幼子の声がやぶった。
「じぃじ、まぁま、まぁま!」
赤ん坊はきょろきょろとあたりを見まわして、だれかをさがしているようだった。
「まぁま……ぅう、うぁあああ~!」
しかし見つけられなかったのか、水桶をひっくり返したように泣きじゃくりはじめる。
「あぁ
まるい背を軽く叩いて桃英があやすも、赤ん坊はいやいやと首をふって、みじかい手足をばたつかせている。
それを目の当たりにした暗珠はというと、絶句していた。
いきなり赤ん坊が泣き始めたのもそうだが、なによりおどろくべきは、その容姿。
(……あかい、瞳? 翡翠の髪だから、早家の血は引いているんだろうが……)
思考をうばわれた暗珠は、注意力が散漫になっていた。無防備きわまりなかった。
──ひたり。
右の頸動脈へ押しあてられた『熱いなにか』の感触に、暗珠ははじかれたかのごとく我を取り戻す。
「これはなんの冗談なのか。その赤ん坊から、梅雪とよく似たにおいがします。それと、もうひとつは──」
ふり返ることは許されない。
背後を取った人物の様子を目視でうかがうことはできないが、暗珠はそれがだれなのか、すぐに理解した。
表情まで目に浮かぶ。きっと鬼のような形相をしていることだろう。
「あぁ、なんて悪夢だ……堕ちるところまで堕ちたな、下衆め。もはや生かしておけるものか」
「やめてくれ
「っ、こら梅雪、飛びついてきたら危ないじゃないですか!」
背後の殺気が散る。
瞬時に身を反転させ、臨戦態勢に入った暗珠が目にしたものは、憂炎を羽交い締めにした早梅と、憂炎の右手から煙のようにかき消えた『剣のかたちをしたモノ』だった。