「いいか、そのままじっとしてろよ──」
「ギュッ! ギュウウッ!」
「だと思ったー! いててててっ!」
屋敷の西側に位置する、とある一室にて。
卓にのせた子烏へ右手を伸ばそうとした
「こいつぁ強敵だなぁ。あっちのチビは大人しいんだが」
「ギュウウ……!」
「なぁ、ちょっとでいいからさわらせてくれって。火傷に俺特製の軟膏塗るだけだから……いててて!」
晴風が格闘すること早四半刻。子烏の片割れは警戒心が強く、一向にさわらせてはくれない。
烏は賢い。たとえこどもであっても、『人間から酷いあつかいを受けたこと』を忘れない。
それが恐怖心、引いてはこのような抵抗につながっているのだ。
「俺に、任せてもらえませんか」
ハラハラとなりゆきを見守っていた
火傷は軽症だが、治療せずに傷口から雑菌などが侵入したら、たいへんなことになる。
「なんか名案でもあるのかい」
「名案……というほどでは、ないですが」
晴風へ控えめに返答しつつ、爽は卓上へ夜色の視線を落とす。
さきに治療をすませたもう一羽の子烏を、慎重に、そっと抱き上げた。
その際「ギュウッ!」とくだんの暴れん坊からひとつつきを食らったが、抱き上げられた当の子烏は、黒曜石のように艶のある瞳で、じっと爽を見上げてくるだけだ。
確信した爽は、ついで大騒ぎをしている子烏へ手を伸ばし、つつかれながらもなんとか抱き上げることに成功する。
それから、二羽の子烏をくっつけるように抱き直すと、暴れていた子烏も、嘘のように静かになった。
「ほう……これはこれは」
「兄弟、みたいなんです。こっちの子は、家族に酷いことをされたとかん違いしていて……だから、わるいことはしないよ、離ればなれにはしないよってわかってもらえたら、安心するんじゃないかって思ったんです」
「なるほどな。そいじゃ、ちょいと失礼して」
爽の腕の中で落ち着いたのだろう。暴れていた子烏は晴風にさわられても、こんどは抵抗しなかった。
てきぱきと火傷に軟膏を塗り、包帯を巻いた晴風は、「よしっ!」と胸を張る。
「これで火傷のほうは問題ねぇな。栄養失調が心配だが、まぁそれもどうにかなんだろ」
「失礼いたします。只今戻りました」
晴風が言葉を終えるころ、ちょうど
「桑の実だよ。庭に成っていたものを、
「こんなにたくさん……ありがとうございます」
桑の実は栄養価が高い。なにより実がちいさいのでついばみやすく、鳥たちも好物とするものだ。
爽はころりとした艶のある黒い実をひとつかみすると、子烏たちの目の前へ持っていく。
最初こそ怪訝そうにつついていたが、食べ物だとわかると、そろって口のなかへ放り込みはじめる。
その勢いやすさまじく、よほど空腹だったのだろうと容易に想像がついてしまう。
「おーおー、いい食いっぷりだな。あんま慌てんなよ、チビども。汁が飛ぶとたいへんなことになるぞー」
染料の原材料ともされる桑の実だ。果汁が衣服に飛んでしまうと、洗ってもなかなか落ちないことで有名だ。
だが冗談めかす晴風の言葉など、一心不乱に桑の実をむさぼる子烏たちが理解するはずもなく。
籠の半分をたいらげたところで、二羽とも満足したように丸まった。次はおねむの時間だ。
「ちびっこは気ままでいいなぁ」
「そうですね」
晴風に差し出された手ぬぐいを受け取った爽は、右手に飛び散った紫の果汁をぬぐうと、すやすや寝入る子烏たちのくちばしもきれいにぬぐってやる。
黒の羽毛をひとなでし、ふ……と和らぐ爽の横顔を見つめていた黒皇が、おだやかに問う。
「その子たちは、これからどうするの」
「……ひとのにおいがついてますし、野生に返しても虐められるだけでしょう。俺がお世話をします。
「変わらないね……
「っ……!」
過剰なほど肩を跳ねさせる爽。その名を口にすれば、こうなることはわかりきっていた。
だが、たとえ瞳の色が影をおびても、黒皇にとっては弟。愛してやまない家族なのだ。