「人道に反する行為は見過ごせない。当然のことをしたまでさ」
「あなたは……こころがとても、きれいな方ですね」
伏せがちの視線、ほの暗い表情からもわかる。自身を過小評価しすぎる性分なのか、と
「……無理を承知で、
「結婚は丁重にお断りさせていただいて──」
「あなたをさらってもいいですか」
「へっ、さらう?」
「お屋敷に戻らず、俺といっしょに来ていただけませんか」
「結婚するか誘拐されるか選べってこと!? なにその二択に見せかけた一択! どっちにしろ私つれてかれてるじゃん!」
「帰したく、ないです……」
「そう言われてもなぁあ……!」
「では……梅雪さまに会っていただきたい方がいらっしゃるのです、と申しましたら?」
「私に、会ってほしいひと?」
それはだれ? と早梅が問おうとした、そのとき。「……キュウ……グゥウ……」と、鳴き声がきこえた。
はじかれたように、爽が自身の腕の中を見やる。
金と赤のまだら模様に塗りたくられた、二羽の子烏。その鳴き声が、先ほどまでと比べ、明らかにか細い。
「どうして……なぜこんなに弱ってるんだ……」
足に結ばれていたこよりはちぎり捨てた。すこし火傷は負ってしまったが、軽傷のはず。
だというのに、子烏はぐったりと弱りきっている。二羽ともに、だ。
その原因に思いあたらない爽は、にわかに焦りをおぼえる。
「診せてごらん。……目立った外傷はないけれど……待って」
爽に抱かれた子烏たちをのぞき込んだ早梅は、さっと目を走らせ、とある違和感をひろった。
「この塗料……遠目では金泥かと思ったが、発色がちがう」
金属光沢がない、とでも言おうか。
烏を燃える太陽に見立てるため、使われた塗料。
ざわ……と胸がさわいだのは、このからだのもち主が、
「
「──!」
早梅は反射的にふり返る。
……いつからだ。
いつから、背後を取られていた?
「安価で手に入れやすいですが、その主成分は
狭い路地裏の物陰からきこえるのは、若い男の声だ。口調こそやわらかいが、気配を消して早梅へ接近した時点で、只者ではない。
早梅は五感を研ぎ澄ませ、注意深く男を観察する。
闇にまぎれる黒の外套をまぶかにかぶっているため、その容貌をうかがうことはできない。
「助けたいですか? その哀れな烏たちを」
それがおのれへの問いだと、早梅は遅れて理解する。
「当たり前だろう」
言葉少なに、即答する。
得体の知れない相手だ、身構える早梅とは裏腹に、対峙した男が、笑った。
「ふふっ……やさしいなぁ。ほんと、そういうところは変わらないよね」
「なに……?」
「いいよ。あなたの望みは、なんでも叶えてあげる」
──ボウッ!
突如として、路地裏に灯る光。
子烏たちが、炎に包まれている。
「なにをしているんだ!」
「大丈夫。よく見て、ほら」
「……あ」
頭に血がのぼる思いの早梅だったが、はっと我に返る。
爽が。燃える子烏たちを抱いた爽が、まったく慌てたそぶりを見せないのだ。
それに、子烏たちを包んだ炎。妖しくゆらめく、蒼い色をしていて──
ジュ……と音を立て、毒々しいまだら模様の塗料が蒸発した。
あとには、黒い羽毛が残るだけ。
「雄黄はもちろん、塗料はすべて燃やしました。
くすくすと冗談めかしながら、なんでもないように、とんでもないことをやってのけた男。
「君は、いったい──」
「……教主さま」
「教主……?」
子烏たちを袖の中に仕舞い込み、深々と頭を垂れる爽へ、つと、男が言葉をかける。
「もー、どこをほっつき歩いていたのかと思ったら。おまえは突拍子もないことをしでかしますね、爽。こんなおどろきは求めてないです」
「申し訳ありません」
「もうちょっと雰囲気のある感動の再会を目指してたんだけどなぁ……まぁいいです。緊急事態ですから、目をつむってあげます」
「ありがとうございます……」
「はいはい。わかったから、顔をお上げなさいよ。地面とこんにちはするつもりですか」
やれやれ、と大げさに肩をすくめてみせた男が、ついで早梅へ向き直る。
「そういうことなので、種明かしといきましょうか。ふふっ……おどろきすぎて、ひっくり返らないでよ?」
聞きおぼえのない声だが、やけに親しげな口をきく。
完全には緊張をとかないまま、男の動向を見守る早梅ではあるものの。
──する、と。
外套の帽子を脱いだ男が、一歩、二歩と歩み寄る。
──しゃらり、しゃらり。
男が歩むたび、鈴の音色に似た音が奏でられる。
それは、彼の両耳につらなる柘榴石によるものだと知った。
そして……物陰から抜け出した彼が、まばゆい月白の髪に、熟れた柘榴の双眸をもつことを知った。
「なっ……」
刹那、早梅の周囲から物音が欠落する。
呆然と目の当たりにした無音の世界で、信じがたい、けれど忘れるはずもない面影と、相まみえる。
「まさか……そんな……」
無邪気におのれを慕ってくれた少年のそれと、かさなった。
「……ゆう、えん……?」
満面の笑みをほころばせた白髪の美青年が、早梅へ腕を伸ばす。
「大正解。あなたのことが大好きな
そっとほほを包み込む仕草は、愛おしい相手へふれるかのごとく。
ささやく声音は、あまく。