ところ変わって、にぎやかな
「これは、まずいなぁ……」
「マジか。ここのオススメってきいたんですけど、お口に合いませんでした?」
「あぁいや、このお菓子は美味しいよ、とっても!」
「そう? ならよかった」
皇子殿下の仮面を脱ぎ捨てた
つるっとしたのど越しで、夏にぴったりなスイーツだ。
「ハヤメさんって、案外積極的ですよね。ほめ言葉ですよ」
「ははは……」
氷菓は美味しい。ただ、卓で向かい合う暗珠の悪気のない言葉が、
(まずい、ついやってしまった……いやでも、あのままだと|風《フォン》おじいさまたちから袋だたきにされてしまったかもしれないから……)
仕方なかった。暗珠の身の安全を思えば、やむを得なかったのだ。
かくして腕を引っつかみ、「殿下とちょっとお出かけしてきますっ!」と屋敷を飛び出してきたというのが、現状だ。もうすでに、帰るのが怖い。
ちなみに事の発端である暗珠はというと、「デートのお誘いに来たんです」と、悪びれもなく言い放つ始末。なんたる鋼のメンタル。
「それより、意外ですね。てっきり物凄い形相で追っかけてくると思ったんですけど、あのおっかない人たち」
「それはないかなぁ。『そういう約束』だからね」
「あれ、そうなんですか?」
──皇子殿下がたずねてきたとき、必要に応じてふたりきりになることを許してほしい。
これは暗珠がはじめて屋敷を訪れた日、なんとか説得をしてお帰りいただいた後に、早梅が
むろん一筋縄ではいかなかった。『もしも』のときは暗珠をぶん殴る、等々の条件をつけ、やっとの思いで了承を得た。
表向きは『皇室に関する情報を手に入れるため』と理由づけているので、晴風たちも完全に納得はしていないが、邪魔もできないのだ。
ほんとうに、過保護なことだ。相手は暗珠といえど、中身は別人なのだから、『もしも』のことなんてないのに。
「クラマくんこそ、ひとりで来たの?
「置いてきました」
「いや、そんなサラッと言わないで、もうすこし申し訳なさそうにしよう?」
「いちいち世話を焼かれるほどこどもじゃないですし、ぶっちゃけ護衛より俺のほうが強いです。無駄なことに人員を割くくらいなら、ほかの仕事をしてもらったほうが効率がいいと思いませんか」
「それはそうだけど、うーん……」
血も涙もない鬼と恐れられた年下上司の片鱗を、こんなところでかいま見ることになるとは。
プライドが高い暗珠を論破するのは、至難の業だ。
「っていうか、せっかくふたりっきりなのに、そういう話題は野暮でしょ」
そうこうしていれば、むす、と唇をとがらせた暗珠が左手を伸ばしてきて、卓の上でぎゅっと手をにぎってくる。
指と指をからめるこれは、俗にいう『恋人つなぎ』か。これには早梅も苦笑い。
「君の積極性にはかなわないよ」
「だれかさんが離宮に来てくれないからでしょ。だから『いっしょにいたい』って言わせるために、俺だって躍起なんです」
その手始めが、この『デート』なのだろうか。
「ねぇ、さっさと俺にしといたほうがいいですよ、ハヤメさん」
「思いのほかグイグイ来るねぇ」
「好きですから」
「……ごめんね」
「いいですよ、ゆるします。俺は『まて』ができる男なので」
ああ言えばこう言う暗珠が、ふと声音をやわらげる。
「無理やり連れて行ったりはしません。その分、猛アタックしますから」
口ではなんと言おうが、暗珠の行動の根幹には、早梅への尊重がある。
たいせつに、されている。
それがわかるからこそ、早梅は暗珠を突き放せないのだ。
「必ず、オトします。ハヤメさんもそのつもりで」
「たいへんなことになったぞ」
「自業自得なので諦めてください」
急かさないと告げたその口で、逃がすつもりもないという。
まっすぐに向けられた薔薇輝石の双眸を目のあたりにして、胸がぎゅ、と締めつけられるように痛んだのは、このからだのもち主が暗珠に恋をする
「ま、夕方までには帰してあげますよ。今日のところは、ね」
いたずらっぽい笑みを浮かべた暗珠が、するりと早梅の髪を一房手に取り、その翡翠色へ口づけを落とす。
おうじさまみたいだなぁ、なんてぼんやり思って、おうじさまだった、と早梅は思い出す。
やたらほほが熱をもつのは、きっと夏のせいだろう。