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第156話 道を定む【前】

 約束の時刻がおとずれた。


桜桜ヨウヨウ蓮蓮リェンリェンは俺が見といてやる。行ってこい」


 晴風チンフォンの後押しを受け、桃英タオインはついに、重い腰を上げる。

 早梅はやめも、そんな父に続き、黒皇ヘイファンを引き連れて離れの一室を後にする。


 宵の会食堂には、すでに六夜リゥイ五音ウーオンらがおり、食事の支度をととのえていた。


「お待たせいたしました。お迎えに行っていたら、遅くなってしまって」


 卓へついてしばし。三毛の青年がすがたを現す。背後に、人影をつれて。

 いち早く現状を理解したのは、六夜と五音らしい。そろって深いため息をもらしている。


「そういうことですか。ったく、ひと言くらい声かけてくださいよ」

「わざわざ一心イーシンさまがお出にならずとも、私たちが向かいましたのに」

「そういうわけにはいかないよ。長いこと、ひとりでがんばってもらっていたからね。ちゃんと労ってあげないと」


 相次ぐ苦言に微笑を返した一心が、桃英、そして早梅へ向き直る。


「ご紹介いたしますね。はい、ごあいさつして?」


 そっと一心が脇へ退いたことで、背後の人影を詳細にうかがい知ることができる。


「あらまっ、かわいいお嬢さんを発見。さてはきみが梅雪メイシェちゃんだな? そうでしょう!」

「はい? ……わわっ!」


 軽快に駆け寄る足音にまじって、硝子を鳴らすような高い声音がひびく。

 軽やかな足取りでまたたく間に距離を詰め、椅子に座った早梅の両手を取ったのは、見目麗しい女性だ。


「やだぁ~、話に聞くより断然美少女~! これは六夜と五音じゃなくても惚れちゃうわぁ。新しいお嫁さん、歓迎しちゃうぞっ!」


 見た目は二十代後半ほど。早梅より長身で、凹凸のはっきりした豊満なからだつきだ。


「失礼ですが、あなたは……?」

「よくぞきいてくれました!」


 美女は夏雲のようにふわふわとした白い長髪を背へ流し、きらめく薄緑の瞳でのぞき込んでくる。


「あたしは七鈴チーリン。六夜や五音とは腐れ縁!」

「そこは夫婦って言っとけよ」

「ねぇねぇ、梅雪ちゃんはいつ結婚式挙げたい? 花嫁衣裳はあたしに任せてもらってもいい!?」

「そして人の話なんかきいてないね。いつものことながら」

「はぁあ~、やっぱ女の子っていいよねぇ。あたしも妹ほしかったんだよねぇ。あっ……でも結婚しちゃったら、六夜と五音に襲われちゃうのか! 気をつけて! あいつらくっそ絶倫だから! 代わる代わるぶち込んできて朝まで啼かす容赦ない子作りかましてくるから! あ~ん、か弱い美少女になんて仕打ち! おねーさんが守ってあげなきゃ!」

「ある意味否定はしねぇけど、おまえみたいに赤裸々な床事情をところかまわず暴露しない分別くらいは持ち合わせてんだわ」

「七鈴、そろそろ黙りなさい。はしたない」


 どこで息継ぎをしているのかと思うほど早口でまくし立てる美女、もとい七鈴を、しかめっ面の六夜と笑みを引きつらせた五音が叱りつけている。

 一連の出来事をあっけに取られて目の当たりにした早梅が感じたことは、圧倒。まさにその二文字につきる。

 そして七鈴は、やはり人の話なんかきいちゃいない。


「そうだ一心さまを忘れちゃだめだった! うちの旦那たちだけじゃなく一心さまにも襲われちゃうのよね、梅雪ちゃん! ほんと気をつけて~、並の体力じゃもたないに決まってるもん! 一心さまぜったいムッツリだし!」

「いや、わりとオープンにセクハラしてきますけど……」

「無害な顔してる男ほど性欲えげつないって、三千年前から言われてるんだから! 夜になると豹変してか弱い美少女を快楽堕ちさせる気なんだわ、このろくでなしー!」

「こら七鈴。僕はそんな無茶はさせません。梅雪さんには、健全かつ健康に赤ちゃんを生んでもらうんだからね」

「そういうことではありません、一心さま」


 どこかずれた指摘をする一心に、思わず早梅も口がでた。

 襲うってことは否定しなかったぞ、この人……とジト目を寄こしながら。

 上座では、愛娘が猥談のネタにされている桃英の眉間に、深いしわが刻まれゆく。


「みなさま、このままではお料理だけでなく旦那さまとお嬢さまのお気持ちも冷めてしまいかねませんので、おたわむれはそのあたりで」

「よく言った黒皇!」


 見かねた黒皇の低い発語により、静まり返る室内。やはり、持つべきものは安心と信頼の愛烏まなからすである。


「すこし冗談がすぎましたね。食事にしましょう。積もるお話は、またあとで」


 咳払いののち、ふわりとほほ笑んだ一心の一声によって、事態はひとまずの終息をみせたのだった。

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