橙に藍が入りまじる、黄昏の刻。
「……やってくれましたね」
片ひざをついて注視する石畳は、飛散した赤黒い液体で汚れている。
「教主さま、ご報告を申し上げます」
そこへ足音ひとつなく、背後から呼び声があり。憂炎は顔を上げることなく、静かに問うた。
「どうでしたか、
「今朝方、始発の船で燈角入りをした一行は、やはり替え玉でした。本物の
「だと思いましたよ。太守が皇子殿下のお世話係に任命されたという話は、ほんとうのようですね」
「現在太守一行は、数名の護衛のみをつれ、離宮へ向かっているもようです。……殺しますか?」
「おやめ。急いては事を仕損じます。ただでさえ、予想外のお客さまもいらっしゃるのですから」
憂炎が立ち上がる。紺青の裾がひるがえされたことで、ようやく爽も気づく光景がある。暗視に長けた夜色の双眸が、闇に散る鮮烈な紅をとらえた。
──アレはおそらく、鷹だ。
おそらくというのは、ソレが鳥類らしい構造をとどめておらず、翼にくちばしと、あちらこちらに散らばった部位を、かろうじて視認したためだ。
「太守が飛ばした伝書鷹でしょう。見事なまでにバラバラですね。いっそ清々しいくらいです」
貴泉郡太守──
その動向には憂炎も細心の注意をはらっており、ゆえにこうして駆けつけたわけなのだが、一足遅かった。
「皇子が、幻の花を見つけたようですね。もっとも、それを皇帝陛下が知る術はありませんが」
赤黒い飛沫の滲む紙きれへ目をとおした憂炎は、柘榴色の双眸を細め、散り散りに破り捨てる。
「憂うべきか、喜ぶべきか……なんとも複雑な心境ですねぇ」
やれやれ、と肩をすくめる憂炎の胸中には、疑問がうまれる。
(鋭利な刃で切断されたものとはちがう。あれは、細く強靭な『なにか』に、ねじ切られたものだ)
たとえるなら、網にかかった
(まさか……ね。いや、そんなはずはない)
『これ』をやってのける存在に、憂炎は心当たりがあった。けれど、すぐに否定する。『彼』であるはずがないのだから。
「さて、行きますか。アレは放っておいても、野良犬の餌になるでしょう」
憂炎がきびすを返すさなか、ぼう、と蒼い炎がともる。
まばゆい
「どうやら、わたしたちのほかにも、皇室を心底恨んでいる方がいらっしゃるようですね」
「敵でしょうか。それとも」
「わかりません。でも、これだけはおぼえておきなさい、爽」
颯爽ときらびやかな往来へふみ出す憂炎は、連れ立つ黒髪の青年を視線だけでふり返り、告ぐ。
「気をつけなさい。巻き込まれますよ」
にわかに笑みをひそめた憂炎のひと言は、雑踏の喧騒に余韻をかき消される。
──ベン。
どこぞの妓楼からもれ聞こえるものだろうか。流麗な音色が耳にとどく。
それは、琵琶を爪弾く音にも似て。