きょうのおやつは胡麻団子だ。
「
「あはは……くるしいです、お父さま」
離れの一室をおとずれた早梅は、気づけば
落としかけた盆は
手持ち無沙汰になってしまえば、おとなしく桃英に抱かれるよりほかない。
「突然
「私はこのとおり元気いっぱいですよ。ご安心ください!」
──屋敷を訪問したのは、皇子殿下である。
その正体がクラマだとまだ知らぬ早梅は、すぐさま黒皇を呼び、寝室で寝かせていたわが子を託して父のもとへ向かわせた。
滅亡したはずの
むろん、愛娘がじぶんたちをかばい、みずから矢面に立っていると察した桃英の胸中は、おだやかではなかった。
「家族を守ることは家長のつとめ。それが黙って指をくわえているしかないとは……なんと口惜しいことか」
「
奥歯を噛む桃英へ言葉をかけたのは、頃合いを見て駆けつけた
「聞かん坊の困った小僧だったが、
「……お祖父様がおっしゃるならば」
白い歯をにっとのぞかせた、見慣れた笑み。いつもの晴風らしい様子に桃英は落ち着きを取り戻し、早梅も安堵する。
「
何気ない言葉のつもりだったが、視界の端で、眉間にしわを刻む桃英のすがたをとらえる。
「その蓮虎のことだが……すまない、梅雪」
「……お父さま?」
深刻な桃英の面持ちに、尋常ではない空気を察したのもつかの間。
「私がすこし目を離したすきに、蓮虎は──」
重々しく口をひらく桃英から、はじかれたように視線をはずす。
「小蓮……小蓮!」
どこだ。どこにいるのだ。
わが子は、蓮虎は──
「……じ、じ、じ」
首をめぐらせ、室を見わたしたさきに、いた。
卓のそば。椅子の足をぷくぷくとしたちいさな手でにぎって、
「へっ……」
「一瞬のことだったんだ……私が目を離した一瞬のすきに、蓮虎は、つかまり立ちができるようになっていた……その上」
「じ、じ……じぃじ、じぃじ!」
「私のことを、『おじいちゃん』と理解して……なんと賢い子だろうっ……」
めったに感情を乱さない桃英が泣きそうになって、というか実際に瑠璃の瞳をにじませながら、袖で顔を覆う。
深刻な顔をしているから、何事かと思えば。
「うちの子が立ったぁあああっ!」
早梅、絶叫のちに発狂。
これにて胸さわぎは杞憂に終わったのだが、現状を把握した早梅の情緒はせわしなかった。
「えっ、ほんとに立ってる、えっすごい、すごいすごいすごい! ねぇ小蓮、私のことも呼んでごらん、『まぁま』って、ほらっ!」
「ま? ま?」
「いやぁああ! うちの子が言語をしゃべっている、天才かぁああ!!」
言語というより、単語にも満たない音の羅列だが、そんなことはどうでもいい早梅だった。
ハイハイするのもすぐに疲れては、愚図って寝てしまう蓮虎が、立ってしゃべっている。そのことが、なによりも尊いからである。
「蓮蓮! 俺もおじいちゃんだぞ! 『
「ふ、ふぁ……ふぁん、ふぁん」
「ちがぁうっ! それは黒皇っ!」
「お呼びでしょうか、おぼっちゃま」
「かぁ、かぁ!」
「はい、黒皇は烏です。かぁかぁ」
じぶんを呼ばせようとして見事玉砕している晴風。
慣れた様子で赤ん坊の相手をしている黒皇。
『じぃじ』呼びされ涙ぐんでいる桃英。
「うちの子かわいすぎて誘拐されちゃわない? 大丈夫?」
なにより、素でそんな心配をする早梅が、一番の親ばかだった。
「うわー、ほほ笑ましいなぁ。そんでもってすこぶる入りづらい」
「おや、単細胞のくせに空気を読むなんていう芸当ができたのか」
「てめぇこのやろう! 表出ろやぁ!」
そうこうしていると、室の入り口のほうから騒がしい声がとどく。
見れば黒とキジトラの
「あら、
「ご機嫌うるわしゅう、梅雪さま」
「変わり身のはやいやつめ……よっ、梅雪ちゃん、さっきぶり。一心さまから伝言をあずかってきたぜ」
煽るだけ煽った五音に舌打ちをもらした六夜は、早梅へ向き直ると、気を取り直してにこやかな笑みを浮かべてみせる。
「『ちょっと留守にします。夕刻までには戻りますので、夕餉の席でお話をしましょう。桃英さまもいっしょに』──だってよ」
これにぴくりと反応を見せたのは、思わぬ場面で名を呼ばれた桃英だ。
寝たきりの
そんな中、桃英をまじえた食事の席を、このタイミングで一心がもうけた。それはつまり。
「梅雪さまに接触をはかった皇子のことも含め、今後について、一心さまよりお話がございます」
五音のひと言が、にわかに、緊張をもたらした。