はらり、ひらり。
濡れ羽色の羽が舞い、ひろげられた勇健な翼。
ひとつまばたきをして、
「おまえは、このあいだの──」
烏だ。烏が室に入り込んできたのだ。ふつうより少しばかり大きな体躯で、おどろくべきことに、三本の足を有している。
「
渋さすら感じられる低い男の声は、おもむろにひらかれたくちばしから発されたものだ。
ひとすじの風が巻き起こり、精悍な眼帯の男がすがたを現す。
「早かったね。おねがいしてたことはできたかい?」
「つつがなく」
片ひざをつき、深々と頭を垂れる黒皇という男。その脳天を、やさしげなまなざしでなでる
ひとりだけ隔絶された無音の世界で、どくりと、暗珠の鼓動は嫌な音を立てた。
つと、黄金の隻眼が向けられる。
「お初にお目にかかります、皇子殿下。黒皇と申します。
「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫だよ。彼は皇子殿下だけど、中身はちがうから」
「なんと……では」
「うん、私とおなじってこと。クラマくんっていうんだ」
拱手する黒皇に笑いかける早梅。ふたりのあいだで展開される会話の意味が、ろくに酸素の行き届かない脳内ではつっかえて、理解できない。
混乱する暗珠へ向き直り、早梅は決定的なひと言を放った。
「クラマくん、黒皇はぜんぶ知ってるよ。私が『外の世界』から来た、早梅という人間だってことをね」
「なんだって……!?」
思わず声を上げてしまった暗珠を、静かな黄金の隻眼がとらえる。
──なにかを、見透かすような眼だ。
「……人のすがたになれる、三本足の烏。黒皇という名前も原作にはなかったはず。あなたは、何者だ?」
すぐに、答えはない。
が、絡まった黄金のまなざしが、わずかながら揺れ動いたように見えた。
「父は男仙を統べる
つまり、神にも近い存在。
そんなものが、なにゆえこんなところに。
よりにもよって早梅のそば仕えに、なぜ。
にわかに、暗珠の胸中へ暗雲が立ちこめる。
「そういうわけだから、ふたりとも、おたがい気兼ねせずに話しておくれね?」
何気なくそれぞれの肩をたたく早梅が、早梅こそが知らないのだろう。
相手の一挙手一投足を見逃すまいと全神経を注ぐ、暗珠のことを。
そして、黄金の隻眼を細めた黒皇も、同様であることを。
「そうそう、私たちの近況だけじゃなくて、君の話もきかせてよ」
ここまではあいさつ。
早梅にも、早梅なりの思惑があった。
「俺の話ですか? なにがききたいんです?」
そして暗珠も、知るよしはない。
「そうだなぁ、都とか、皇室のこととか? たとえば……皇帝陛下は、現在どうなされているのかしら?」
可愛らしく首をかしげてみせた早梅の、真意を。