南向きに面した最奥の一室へと通された
ふたつの丸椅子が向かい合う円卓。衝立をはさんだ向かって右手奥には帳の上がった寝台があり、そばに鏡台、
むかしから、年頃の娘の
「ここへ来て、長いんですか?」
「一週間ちょっとかな」
格子窓のすきまをひろげ、そよ風をむかえ入れた
「立ってるのもなんだし」と着席をすすめられるが、暗珠の足取りは円卓の真横を通りすぎる。
「クラマく、」
「……なんですぐにうなずいてくれなかったんですか?」
早梅の寝室へやってきて多少は警戒をゆるめたが、道中かたくなに手を離したがらなかった暗珠だ。一分ほどの空白をへて、ふたたび早梅の手首をさらう。
「俺がどれだけあなたをさがしていたか、もうわかるでしょ……いっしょに離宮に来てくださいよ。それでぜんぶ上手くいくんですから」
「私は、私によくしてくれたみんなを放って、どこかには行けないよ」
「また俺を拒むんですか」
「ちがう」
「違わない! 何度言っても、なにを言っても、あなたは俺を頼ってはくれない!」
早梅は飽くことなく抱きすくめられながら、嗚呼……と、どこか俯瞰していた。
早梅に拒絶され、突き離されたことが、クラマのトラウマになっている。
だからこそ、こんなにも過剰な反応を見せるのだ。
「俺のせいなんですか? 生意気ばっか言ってたから。つまんない意地ばっか張って、想いをつたえようとしなかったから……」
「……クラマくん」
「謝ります。ごめんなさい。ハヤメさんがいないと、頭おかしくなりそう……もう嫌だ、俺を独りにしないで……」
「悪いのは私だから、君は悪くないよ、クラマくん」
「っ……ハヤメさぁんっ……」
独りよがりを押しつけてしまったという罪悪感が、暗珠を、クラマを拒むことをゆるさない。
「ずっといっしょにいたいんです……はなれたくない……すきです、すき、すき、すきっ……!」
あのクラマが。
いつもすまし顔で憎まれ口を叩いていた彼が、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、すがりついてくるのだ。
こころが、揺さぶられないわけがない。
「こんな私を好きになるなんて、君も物好きだね」
だから、早梅のつぶやきは照れ隠し以外の何物でもない。
「っはぁ!? ふざけてんですかあんた! っとに、じぶんがどんだけ可愛いのか知りもしないで!」
そしてカッと瞳を見ひらいて食らいつく暗珠の反応は、予想外のものだった。
「え、ちょっ」
「無自覚だし天然だし、抜けてると見せかけて案外しっかりしてるし! 俺が生意気言っても笑ってゆるすし、ひねくれた俺に愛想もつかさないで、いつもいつも笑ってて! そのえがおにどんだけ破壊力があるのか知らないんでしょうね!」
「私は褒められてるの? 叱られてるの?」
「そういう雰囲気もくそもないこと言う鈍感なところもいっそ愛しいくらいですけど、俺にだって我慢の限界はあります! この無自覚胸キュン窃盗犯め! さっさと俺の
「お、落ち着こうかクラマくん! ねっ、ほら、どうどう!」
「そういうとこだぞハヤメさんのばかぁあ~!」
「ぐぇっ!」
なんだか訳がわからなくなっている暗珠の背をさすってやったところ、ばか呼ばわりされながら熱烈なハグを頂戴するという。
「はぁ……ハヤメさん、やわらかくていい香りがしますね……髪サラッサラだし、肌すべすべだし……おろおろしてるとこも可愛いです、しんどい。はやいとこつれ帰りたい。マジでしんどい」
これ以上にないほど密着した暗珠が、指で早梅の髪を梳き、ほほをすり寄せながら、絶えずため息をもらしている。
血も涙もない鬼と恐れられた年下上司のすばらしきキャラ崩壊に、早梅はあっけに取られるばかりである。
ついでに『梅雪を溺愛する暗珠』という構図も出来上がり、すばらしき原作崩壊の瞬間でもあった。
クラマとすごした時間は短くはない。
ここまで慕ってくれる彼に、情がないわけでもないが。
「クラマくん。君には君の事情があるだろう? それは私もおなじだ」
「……なにが、言いたいんですか」
「話をしよう。会わせたいひともいる」
それは一体だれですか、と暗珠が問うよりはやく、先ほど早梅が開けた格子窓のすきまから、風が舞い込んだ。