(さて、どう出る? 賢いぼっちゃんよ)
少年は下手に弁明することなく、ただ懐に右手を差し入れると、『なにか』を取り出した。
……ことり。
おもむろに卓へ置かれた『なにか』を目の当たりにし、その場のだれもが血相を変える。
「公子!」
「いい。ここで聞き耳を立てているとすれば、みな関係者だろうからな」
なんでもないように言い放つ少年をよそに、一心は息をのみ、卓へ置かれたものを凝視する。
「炎を吐く龍の金印……
一心がむかし
それは代々皇室につたわり、この世にふたつしか存在しないもの。
そのうちひとつは皇帝が持つものであり、もうひとつは、皇位継承権を有した皇子に託される──つまり。
「私は姓を
羅暗珠。それはまぎれもなく
「此度は休養のため、ここ
うわさ話が、真実と証明された瞬間だ。
「にゃん小僧、この坊主がうそをついている可能性は?」
「あり得ませんね。玉璽の偽装は、皇室に対する不敬罪に問われます。偽造貨幣の製造も死罪ですが……もし本当に玉璽を偽装すれば、罪人のみならず、一族郎党残らず極刑となる重罪です」
「はぁ。そんな面倒なもん作ったのかい、皇室ってのは」
「ご理解いただけたなら重畳。崇高なる皇子殿下の御為に、貴公らもすべきことは心得ているな?」
「皇子サマ相手に嘘偽りを吐くことも、不敬罪ってか……やり口が
「陳太守。──そのような意図はなかった。話したくなければ、それでもかまわぬ」
悪態をつくじぶんではなく、陳仙海をいさめる暗珠の言動は、晴風をはっとさせる。
「時間を取らせてしまったな。失礼させてもらおう」
「では
「はいはい」
「かしこまりました」
本来なら、やけにすんなり暗珠が引き下がったことへ、違和感をおぼえるべきであったのだ。
椅子を引いて立ち上がった暗珠は、六夜が開けた扉から回廊へと出づる。
と、緋色の双眸でぐるりとあたりを見わたし、すっと細めたまなざしで、ある一点を切り取った。
「……あちらか」
「ちょ、お出口は反対方向なんですけど!」
六夜の制止もむなしく、暗珠は颯爽と妨害する腕をすり抜ける。
「お待ちください、殿下」
「退け」
「っ……!?」
さらに五音が阻むも、やはり引きとめることは叶わない。
「おまえたちとの話は終わった。対等な話し合いはな。あとは俺の好きにさせてもらう。邪魔だてするな」
そうとだけ言い放つや、暗珠はつかまれた腕をふりはらう。とたん、バチィ、と電撃を感じ、五音は反射的に距離をとる。
「いるのだろう
これは、まずい。
さしもの晴風も、焦燥に駆られる。
やはり暗珠のねらいは早梅だったのだ。
皇室の関係者に見つかってしまえば、ただではすまない。
「いい加減にしろ、坊主!」
無遠慮に屋敷内を突き進む暗珠の背へ怒号を飛ばしながら、晴風は懇願した。
たのむ、来ないでくれ、
「……お呼びでしょうか」
そして、嗚呼。
ふいに奏でられた鈴の声音に、晴風はこの世の不条理を呪った。