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第149話 再会【中】

(さて、どう出る? 賢いぼっちゃんよ)


 晴風チンフォンは瑠璃の双眸で、相手の動向を注意深く観察する。

 少年は下手に弁明することなく、ただ懐に右手を差し入れると、『なにか』を取り出した。


 ……ことり。


 おもむろに卓へ置かれた『なにか』を目の当たりにし、その場のだれもが血相を変える。

 晴風チンフォン一心イーシンだけでなく、少年を見守っていたチェン仙海シェンハイすらも。


「公子!」

「いい。ここで聞き耳を立てているとすれば、みな関係者だろうからな」


 なんでもないように言い放つ少年をよそに、一心は息をのみ、卓へ置かれたものを凝視する。


「炎を吐く龍の金印……炎龍えんりゅう玉璽ぎょくじ


 一心がむかし天陽てんようにいたころ、耳にしたことがある。

 それは代々皇室につたわり、この世にふたつしか存在しないもの。

 そのうちひとつは皇帝が持つものであり、もうひとつは、皇位継承権を有した皇子に託される──つまり。


「私は姓をルオ、名を暗珠アンジュと申す。まだ成人の儀も終えていない若輩者だ」


 羅暗珠。それはまぎれもなく今上帝きんじょうていの嫡子、皇子殿下の尊名である。


「此度は休養のため、ここ燈角とうかくにある離宮をおとずれた。このことは内密にねがいたい」


 貴泉きせん郡太守の別邸は、じつは皇室の離宮ではないか。

 うわさ話が、真実と証明された瞬間だ。


「にゃん小僧、この坊主がうそをついている可能性は?」

「あり得ませんね。玉璽の偽装は、皇室に対する不敬罪に問われます。偽造貨幣の製造も死罪ですが……もし本当に玉璽を偽装すれば、罪人のみならず、一族郎党残らず極刑となる重罪です」

「はぁ。そんな面倒なもん作ったのかい、皇室ってのは」

「ご理解いただけたなら重畳。崇高なる皇子殿下の御為に、貴公らもすべきことは心得ているな?」

「皇子サマ相手に嘘偽りを吐くことも、不敬罪ってか……やり口がきたねぇんだよ」

「陳太守。──そのような意図はなかった。話したくなければ、それでもかまわぬ」


 悪態をつくじぶんではなく、陳仙海をいさめる暗珠の言動は、晴風をはっとさせる。


「時間を取らせてしまったな。失礼させてもらおう」

「では六夜リゥイ五音ウーオン、殿下と太守をお見送りしてさしあげて」

「はいはい」

「かしこまりました」


 へやの外で控えていたふたりに声をかけるも、一心はそれが失態であることに、すぐには気づけない。

 本来なら、やけにすんなり暗珠が引き下がったことへ、違和感をおぼえるべきであったのだ。


 椅子を引いて立ち上がった暗珠は、六夜が開けた扉から回廊へと出づる。

 と、緋色の双眸でぐるりとあたりを見わたし、すっと細めたまなざしで、ある一点を切り取った。


「……あちらか」

「ちょ、お出口は反対方向なんですけど!」


 六夜の制止もむなしく、暗珠は颯爽と妨害する腕をすり抜ける。


「お待ちください、殿下」

「退け」

「っ……!?」


 さらに五音が阻むも、やはり引きとめることは叶わない。


「おまえたちとの話は終わった。対等な話し合いはな。あとは俺の好きにさせてもらう。邪魔だてするな」


 そうとだけ言い放つや、暗珠はつかまれた腕をふりはらう。とたん、バチィ、と電撃を感じ、五音は反射的に距離をとる。


「いるのだろうザオ梅雪メイシェ! すがたをあらわせ! この羅暗珠の前に!」


 これは、まずい。

 さしもの晴風も、焦燥に駆られる。

 やはり暗珠のねらいは早梅だったのだ。

 皇室の関係者に見つかってしまえば、ただではすまない。


「いい加減にしろ、坊主!」


 無遠慮に屋敷内を突き進む暗珠の背へ怒号を飛ばしながら、晴風は懇願した。


 たのむ、来ないでくれ、梅梅メイメイ


「……お呼びでしょうか」


 そして、嗚呼。

 ふいに奏でられた鈴の声音に、晴風はこの世の不条理を呪った。

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