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第148話 再会【前】

 大室おおべやの卓についた晴風チンフォンは、悠然と片あぐらをかき、椅子にふんぞり返っていた。


「──で、俺に会いたいってのは、おたくらかい?」


 時分は正午すぎ。書簡でのしらせ通り、数名の部下を伴っておとずれた壮年の男は、たしかに貴泉きせん郡太守、チェン仙海シェンハイその人に相違はなかった。

 これは燈角とうかくの事情に精通した一心イーシンの判断であるため、まったくの他人がなりすましている可能性は万に一つもない。


「ごらんのとおり、俺はしがねぇ客栈やどの下働きだ。お偉いさん方がわざわざ礼に来るようなモンじゃねぇよ。帰ってくれ」


 ──貴泉郡太守ってのは、あの腐った皇帝とつながりがある役人なんだろ?

 ──梅梅メイメイに会わせるまでもねぇな。


 そうと吐き捨て、影武者を買って出た晴風の態度は、ふてぶてしいものだった。いわく『礼儀を知らないくそ庶民の設定』とのこと。

 これを目にした陳仙海は、渋面を隠せない。


「……平民であっても、おのれの父母には敬意をはらうものだぞ」

「年上を敬えない俺は平民以下の賤民ってか? そりゃどーも。俺の父ちゃんと母ちゃんはとっくのむかしにお星さまになってるんでね、よくわかんねぇんだわ、そういうの」

「よく回る舌だ……何枚あるのか、引き抜いて数える必要があるようだ」

「へぇ? やるかい?」


 するどいまなざしを向けられてなお、晴風はニヤリと笑い、片眉を上げるのみで、動じない。


「よせ、陳太守」

「しかし、公子」

「われわれは先日の謝礼に参ったのだ。突然の訪問を詫びることはあれども、謝罪を強要する権利はないはずだ」


 凛然とひびく声音が、物言いたげな陳仙海を完全に説き伏せる。

 晴風、そして同席した一心が、瑠璃と琥珀の双眸で、陳仙海の上座に腰かけた人物を見やる。


 艶のある漆黒の髪に、薔薇輝石ばらきせきのごとく鮮やかな緋色の瞳。

 弱冠十五歳ほどの年若な少年が、臆することなく、晴風らへ向き直る。

 彼こそが、翡翠の髪に瑠璃の瞳の少年をさがしていた、張本人だそうな。


「無理を言ってもうけていただいた席で、たいへん失礼した。お詫び申し上げる」

「ふぅん。しっかりしたぼっちゃんだね。公子ってことは、どこぞの貴族かい。細っこくて折れちまいそうな美男子だことだ」

「ご高察のとおり、私はあまりからだが強くない。先日体調不良にみまわれたところを、いただいたお薬のおかげで快方に向かうことが相かなった。本日はその謝意をおつたえしたく、うかがった次第だ」


 薬といえば、晴風が早梅はやめにわたしていた酔い止めの丸薬以外にない。

 となればやはり目前の少年は、早梅から聞いていた『街でひったくり犯を撃退した少年』に間違いないだろう。


(からだの弱いやつが、武功の使い手ねぇ……)


 矛盾を具現化したような少年を、晴風は興味深くながめる。

 物言いからして威勢はいいけどな、と、半ば面白がりつつ。


「ところで──そろそろ、私を助けてくれた彼と話をさせていただきたいのだが」


 だがそのひと言により、晴風のまなざしは警戒の色をおびる。


「物忘れかい? 若いのに気の毒なぼっちゃんだ」

「私は呆けてなどいない」

「俺に会いに来たのに?」

「ならば言わせてもらうが、先日お会いしたは、私よりも小柄かつ華奢で、声も高かった」

「劇的に成長したんだよ。育ちざかりだかんな」

「たった二日のあいだで?」


 晴風が白を切れば、すかさず指摘が入る。

 よどみない言葉の応酬は、少年が晴風と対等の度胸と話術を持ち合わせていることのあかしだ。


「どこのだれとも名乗りもしねぇで、相手の話だけ聞き出そうとすんのは、年寄りをねらう詐欺師のすることだぜ。年上への敬意が感じられねぇなぁ」

「これは失礼した。かさねて詫びよう」


 不遜な態度をくずさず、あえて煽る晴風だが、少年は一切腹を立てることなく、じつに落ち着いた言葉を返す。

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