人ひとり通るのがやっとなか細い路地裏を、道なりに突き進む。
やがて視界がひらけ、小川のながれる閑静な場所へとたどり着いた。
ぐるりと見わたした早梅は、腰を落ち着けるのに手頃な段差を指さす。
「
「……」
目の届かない遠くへ行くわけでもないのに、一心は早梅の右手を離そうとしない。
むしろ指を絡め、頑として拒否を示す始末。
「うぅ……いっしょに行きましょうね」
根負けした早梅は、一心と手をつないだまま、ゆるやかな河川敷をくだる。
浅瀬のほうへやってくると、懐から
慣れない左手でなんとか絞り、冷えた布を、泣き腫らした一心の目もとへあてがった。
「よいしょっと……冷やしとかないと、たいへんですからね」
ぽんぽん、と目もとをぬぐわれ、ようやく早梅の行動を理解したらしい一心が、絡めた指をほどく。
代わりに、ぎゅううっと早梅を抱きしめ、その胸に顔をうずめた。
「わっと! 一心さま、大丈夫ですか?」
「……大丈夫ではないです」
ひとしきり本音を吐露して、すこしは落ち着いたのだろうか。声音は硬いが、ふだんの一心の口調だ。
「……お見苦しいところをお見せしました。あんな情けないところ、あなただけには、知られたくなかった」
「一心さま……」
「でも、止められなかった。あなたを愛しく想う気持ちが洪水のようにあふれて、貪欲で意地汚い僕のすがたを、知られてしまった……」
一心さまは、べつに私のことなんか、好きじゃないですよね。
無知なひと言が、一心のなにかを壊した。
それは一心が必死に堪えてきたものであり、ひた隠しにしてきたもの。
「好きです……ほんとうに、好きなんです。あなたが……君が」
感嘆のような告白が、胸を締めつける。
その言葉は、一心のこころそのものだ。
「ずっと君のことを想っていた。君以外のだれかを恋人にするなんて、考えられなかった。君ひとりに執着して、君がほかの男といると妬ましくて、はらわたが煮えくり返りそうで……そう、僕は異常なんです。えがおの裏で、君を独占することばかり考えていました。いっそのこと抱いてしまえばいいとさえ」
だれかひとりを愛する。なるほど、一心はたしかに、
「……私のなにが、一心さまにそこまでさせたのでしょうか?」
早梅は一か八か、大きな一歩をふみ込む。
はは、と、一心の力ないわらいがひびいた。
「……猫族の長になったのはここ数年のことで、それまでの僕は、各地を放浪していました。荒くれ者の野良。当時の僕は一族からも嫌われており、どこにも居場所がありませんでした」
「一心さまが……?」
とてもそうは見えない、と目を白黒させる早梅の胸もとから顔をあげ、一心は自嘲気味にわらう。
「あてもなくさまよって、そのうちに、生きる意味さえ見失ってしまいました。だれからも愛されないなら、もう終わりにしようと。その日は雪が降っていたから、ただ身をまかせていれば、楽になれる……そう思っていたんです」
でも、ちがった。
「凍え死ぬ寸前の野良猫を、おさない女の子が……君が、ひろってくれたんです」
そういって早梅を映し出した琥珀の瞳は、それまでの頼りないものではない、たしかな輝きがやどっている。
「問答無用でお湯をぶっかけられて、危うく溺れ死ぬかと思いました」
「それは……ゴメンナサイ」
「嫌がる猫を無理やり洗おうとするし、何度引っ掻かれてもめげないし、ほんとうに……君はおせっかいで、愛情深かった……」
「君は僕が凍えないように、抱きしめてくれました。君の体温は、あたたかかった……僕がずっと欲していたものを、愛情を、君がくれたんです。だから僕が君に恋をするのは、当然だった。十一年前のことです」
「十一年前……」
梅雪が七歳のときだ。
「待って……一目惚れって、そのときのことなんですか?」
「はい。君の愛情にふれて、イチコロでしたね」
「あの、十一年前というと、私もだいぶおさなかったのですが」
「わかっています。僕の片想いだって」
「いやいやいや……」
それはそうなのだが、そうじゃない。
「一心さまって、もしかして……幼女趣味?」
「ちがいますね。恋をした相手が幼女だっただけです」
「おぉうふ……」
それを
と思わなくもない早梅だったが、根性で飲み込んだ。
これ以上掘り下げたら、困るのはじぶんなので。
「君にひとときでも愛された僕は、愚かにもまた君を求めてしまった……君にはもう、飼い猫がいたのに」
「あ……」
まだ、彼が飼い猫だったころ。
十一年前、梅雪が七歳のとき。
そのとき、