流れのゆるやかな河を数百メートルほど小船で進んだだけであるのに、次に地面を踏みしめた
「どえらい目にあった……」
「
「具合がわるいの!?」
「はは……いやね、ちょっと
ふらりと桟橋に降り立った早梅のもとへ、黒とキジトラの双子が一直線に駆けてくる。
が、あとすこしでふれるというところで、
成人して間もない
「なんだよう!」
「けち!」
「なんとでも」
猛抗議を食らっているが、黒皇はいつもの真顔で意にも介さない。
そこへ、あごをなでさすりながらやってきたのは、
「ははぁ〜ん、さてはおまえ、暴走したな」
「失敬な。私は純粋な愛をささやいただけだよ」
「へいへい。梅雪ちゃんごめんなー? こいつ、熱中するとじぶんの世界に入ってキザったらしい台詞を吐きまくる、ネチネチ変態野郎だから」
「いたいけな乙女の泣き顔に興奮する万年発情猫には言われたくないけれどね」
「んだとコラ!」
仲裁に入ってくれたはずの六夜が、五音と一触即発なのだ。もう手のほどこしようがない。
「
何気ないつぶやきだった。ところが、早梅の発言を耳にした六夜、五音が、そろってほほを引きつらせる。
「いや、一心さまのほうがアレっていうか」
「あの方は究極形態ですから……」
「僕がどうかした?」
「うわぁーーーーっと!?」
六夜、絶叫。五音もわざとらしく咳ばらいをしている。それもこれも、件の一心が、どこからともなくひょっこりとあらわれたから。
「やぁ、みなさんおそろいで」
琥珀色の瞳を細めた一心がおっとりとほほ笑むと、栗色に白と黒のまじった三毛が、さらりと肩をすべり落ちる。
「偶然ですねぇ一心さま! ご用事はもういいんですか!」
「お客さまのお出迎えのことかい? それなら無事終えて、いまは街をぶらぶらお散歩していたところだよ。それで、僕の名前が聞こえたけど……」
「われらが猫族長たる一心さまについて、梅雪さまにお話ししていたところなんですよ」
「そうなの?」
「そうそう! どんだけすさま……こほん、素晴らしい方なのかってね! みてくれは『ぽくない』けど!」
「はは、なんだか照れるねぇ」
とっさに六夜と五音が取りつくろっていたが、納得したらしい。のほほんとした笑みが返ってくる。それでいいのか、猫族長。
「みんなはどうしたのかな? 黒皇がいるってことは……」
「はい、私もいます。
ぐるりと見まわした一心は、そこでようやく、黒皇や六夜、五音と、長身の男たちの影に隠れた早梅に気づいたようで。
「素敵な簪をもらっちゃって、ありがたいやら、申し訳ないやらなんですけど……あはは」
照れ隠しにおどけてみせた早梅を映した琥珀の双眸が、極限まで見ひらかれる。
「……いけない」
「え?」
ぽつりとつぶやかれた一心の声は低く、早梅を見つめる表情に、笑みもない。
「一心さ──」
早梅が名を呼ぶよりはやく、頭上を覆った影に飲み込まれる。
一瞬にして、若草色に染まる視界。それが一心のまとう衣の色だと早梅が理解するのに、三拍もついやした。
「いけません梅雪さん……そんなにおめかしをしたら、もっともっとおきれいになってしまいます。あぁ、きれいで可愛らしい。悪いひとにさらわれてしまうかもしれませんね!」
「いやっ、私そんなにヤワじゃないですよ?」
「いいえ、悪いひとはなにをしてくるかわかりません。梅雪さんがさらわれないように、きょうはもう帰りましょう。ねっ?」
「わわっ……」
まさかの展開である。一心に抱きつかれたことも、頬ずりをされながら告げられていることも、なかなか理解が追いつかない。
「そういうことなので、はい」
「んっ?」
早梅がどうしたものか決めあぐねているうちに、ひょいっと横抱きにされる。
口を挟むひまもなかった。
一心に抱えられたからだはふわりと宙へ浮き、かと思えば、近くなる青空。
「お先に失礼します。みんなもはやくおいでよ〜」
「んぇええええっ!?」
屋根より高く飛んだ早梅は、次の瞬間、風となった。