「いい天気だねぇ」
左手で
こども好きの一心が進んで世話を買って出るのは、めずらしくないことだ。
庭をお散歩しながらのほほんと笑うさまには、威厳のいの字もない。族長であるはずの彼が、『ぽくない』と言われるゆえんである。
「一心さま、そろそろ八藍を離してもらえませんかね」
「にゃあー! 一心さま、はなしちゃいやー!」
「おまえなぁ!」
「だってとうさん、すぐ『くんれん』しようとするー!」
「
「
「おとうさん、おべんきょう、こわい……」
「おまえが言えた義理かよ、
「まぁまぁ、ふたりとも」
こどもにはやさしく、と口癖のように言う肝心の一心には、こどもはいない。それどころか、妻もいない。
まぁ、一心の性格についていける女性がいないというのが、ほんとうのところだが。
何を隠そうこの男、人畜無害な顔をしておいて、とんでもなく面倒くさい性格をしているのである。
「僕からの結納品は、無事受け取ってもらえましたねぇ」
「
「あははっ、だよねぇ」
なぜなら、
「でもま、
「おや、理由をきかせてよ、六夜」
「可愛いし、美人。あと強そう、物理的に」
「こら脳筋、最後のひと言」
「はははっ、強そう! いいねぇ、梅雪さんにならふり回されてみたいかも」
「一心さまも面白がらないでください」
六夜がまた筋肉で物を語ろうとするのでたしなめたのに、一心まで便乗してしまい、五音はため息を吐いた。
はやく結婚してこどもをつくれば、すこしは丸くなるだろうになぁ、と思案したところで、五音は思い出した。
「一心さま、例の件ですが、
五音がそこまで言えば、六夜も思い出したように続ける。
「そうそう、うちの嫁さんも『了解で~す』って言ってましたよ」
「ほんとう? さすが七鈴、話がわかる子だ」
「いや、あいつの場合は返事が軽すぎなんですけど」
「同感。わりと真面目な話をしたのにね」
同時に妻を思い浮かべた六夜と五音は、顔を見合わせて苦笑した。
「もうすぐ八藍と九詩も十三歳になるし、楽しいことになりそうだねぇ」
十三歳を迎える。それは、猫族の男子にとって大きな意味をもつ。
「おっきくなったら、梅雪さまも、おれとけっこんしてくれるかなぁ」
「えー! ぼくもしたーい!」
「そうだね。おっきくなったら、梅雪さんにおねがいしてごらん?」
ふと歩みをとめた一心は、腰ほどの背丈しかない八藍と九詩の目線まで屈み、頭をなでてやる。
「息子に出し抜かれるのはくやしいですね。俺も燃えてきました」
「おなじく。彼女、頭もよさそうですし、私が最近愛読書にしている詩集の解釈について、意見をきいてみたいものです」
個性豊かな猫族だが、負けず嫌いは共通のようだ。そしてそれは、一心も例外ではない。
「それじゃあ、みんなの意見もまとまったということで」
ぱんっと上機嫌に手拍子をひびかせ、腰をあげる一心。
その口もとは、ゆるやかな三日月型に弧を描いている。
しかしながら、すっと細められた琥珀の双眸には、妖しい輝きがやどっていて。
「──猫族長として命じます。われらの『お姫さま』を決して逃さぬよう、全身全霊で、愛してさしあげなさい」
「おおせのままに」
深々と頭を垂れる青年らの口もとからは、おさえきれない笑みがこぼれている。
「お姫さま、びっくりするかなぁ」
「するかもねぇ」
「『うん』っていってくれたら、いいなぁ」
「そうだねぇ」
にこにこと笑い合った幼子らの薄緑の双眸にも、獣を思わせる細長い瞳孔が、妖しく突き抜けていた。