当然ながら茶の支度とは、必要量の茶器の選択から茶葉の選別、処理、そして配膳までを、すべてひっくるめていう。
それも初見に近い
伊達に数千年は生きていない。
(よほど私を早梅《はやめ》さまから引き離したいようですね、一心《イーシン》さま)
一件落着したところで、すぐさま次なる問題が黒皇の前に立ちはだかる。現在地の厨から目的地の離れまで、それなりに距離があるのだ。
なんたって、屋敷の端と端なのである。
これにて『茶汲みを口実にした陰謀説』が濃厚となってくる。
とはいえ、早梅のそばには
そうとなれば黒皇の目下の課題は、
(すぐに終わらせて、早梅さまのもとにもどるまでです)
そこにだれがいても、じぶんには関係がないのだから──このときは、たしかにそう思っていた。
一心いわく『客』がいるという離れの
黒皇は二組の茶器をのせた盆を左腕にかかえると、閉ざされた扉を右のこぶしでひかえめに叩いた。
「失礼いたします、お茶をお持ちいたしました」
ややあって、木製の扉越しにくぐもった返答がある。
「──そこに、置いておいてくれ」
静かな、そして明らかな、拒否の言葉だった。
沈黙が流れる。それは簡潔な拒絶に腹が立ったわけではない。
そんなことよりも、もっと激しい──荒れ狂う嵐のような衝撃に、黒皇は打ちのめされていた。
(……この、声は)
若い男の声だった。たったひと言しか耳にしていなくとも、それが『だれ』から発されたものなのか、黒皇は遅ればせながら理解する。
とたんにどくりと、やかましいほど心臓が脈動した。
「申し訳ないが、妹の体調が優れないんだ。私たちのことは、そっとしてほしい──」
扉越しであっても、一向に黒皇が立ち去らないことを悟ったのか。そうした訴えがあるが。
(あぁ……おっしゃるとおりです、一心さま)
すぐに済ませようだなんて、おこがましかった。傲慢以外の何物でもなかった。
なぜなら鼓膜に残る声音は、聞きおぼえがあるもの。ここに来る前にも耳にしたもの。
おなじだけれど、ちがう。
忘れるはずもない、この声の主は。
「わたくしは……黒皇です」
「……なんだって?」
黒皇は早鐘を打つ鼓動のまま、たたみかけるように問う。
「お忘れでしょうか、黒皇でございます。そちらにいらっしゃるのは──!」
* * *
青い空のもと。
地上にも天国があったのだなぁと、早梅は支離滅裂な思考にほほをゆるませていた。
「
「よしよし」
「はぅ……」
「ずるーい! ぼくも!」
「
「ふわわ……にゃああ……」
ひろい屋敷の敷地内をひとしきり駆け回り、疲れたのだろう。
早梅が小花の咲く草むらで足をくずしたところ、おさない少年たちが右から左からなだれ込んできた。
早梅のひざにすり寄るさまは、甘える子猫そのものだ。
というか実際、
(かわいい、かわいい……かわいい!)
まだおさないゆえに、うまく制御ができないのだろうか。
ともあれ、半獣になった
早梅も語彙力を失い、ただひたすらに脳内でかわいいを連呼していた。
「なんてやつらだ……俺だって
背後で
「おれ、ずっとこうしててほしいなぁ。ねぇ梅雪さま、ずっとここにいてくれるの?」
遊び相手をしているうちにくだけた接し方になった八藍が、そういって早梅に上目遣う。
「そうだなぁ。まだ先のことはわからないけど、しばらくはお世話にならせてもらうね」
早梅は八藍の黒い猫っ毛をなでながら、おっとりとした口調で返す。
今後のことを思えば、そう短くない期間、力を借りることになるだろうから。
「じゃあじゃあ、おれのたんじょうびもいてくれる!?」
「あら、近いのかい?」
「なのかご!」
「七日後! それはお祝いをしないとだねぇ」
古代中国と似た文化をもつ
きちんと個人の誕生日を祝うのは、猫族独自の文化なのだろうか。