朝食が美味しかった。困ったことに、それ以外の言葉が思いつかない。
野菜を細かくきざんだ
食後の杏仁豆腐やお茶まで、いたれりつくせり。
「
早い話が、すっかり好感度という名の胃袋をつかまれてしまった早梅である。
ちょろいとか言ってはいけない。どこぞの年下上司ならともかく。
「食べ物に感謝するくらいならいいよね、べつに求婚を受け入れたわけじゃないんだし!」
「なんですって?」
「独り言だよー! おーよしよし
「あぅ、んぅぅ……」
壁に耳あり障子に目あり、ふり返った庭に
とっさに笑顔をつくろった早梅は、ボロが出ないうちに黒皇へあずけていたわが子を引き取って、あやす。
「かわいいですねぇ。僕まで笑顔になっちゃいます」
「わっ……」
早梅は油断していた。いつの間にか、一心が蓮虎をのぞき込んでいたのである。気配がなかったのだが。
「だ・か・ら! てめぇはいちいち近ぇんだよ、にゃん小僧! あっちこっちからニョキニョキ生えてきやがって、
「
「うぐっ……」
すかさず
「お祖父さまは、面白いことをおっしゃる方ですねぇ。ふふっ」
かたや、声をひそめてほほ笑む一心。
晴風のほうが何百倍もながく生きているはずだが、精神年齢は一心のほうが上のようだ。
「
ちなみに黒皇はというと、早梅も見たことのない真顔だった。
間違いない、あれは悟りをひらいている顔だ。
「用がないと、話しかけちゃだめかな?」
「内容によるかと」
「手厳しくなったねぇ、黒皇?」
眉を八の字に下げて肩をすくめてみせる一心も、次の瞬間にははにかんで、朗々と告げる。
「梅雪さん方はこちらがはじめてだし、みんなに紹介したいなと思って」
「
「えぇ。みんな梅雪さんにごあいさつしたくて、うずうずしているんですよ。おいで、
おもむろにふり返った一心が声をかける。
すると、ちょうど屋敷の軒下の物陰から顔を出していた『彼ら』と、ぱっちり目があう。黒とキジトラ。二匹の子猫だ。
「おやまぁ、かわいい猫ちゃんだこと」
早梅はほぼ無意識のつぶやきだったのだが、それを聞いたとたん、まんまるな瞳を輝かせた子猫たちが、たっと短い前足で地面を蹴った。
とててて、と軽快に駆ける子猫があと一歩のところまでやってきたとき、微風が吹いて、またたく間におさない少年たちがすがたを現した。
「一心さま、お客さまですね」
「じょせいのかたです、お姫さまです」
「そうだよ。前に話していた梅雪さんだ。ほら、ごあいさつして?」
「はい、ごあいさつします。はじめまして、お姫さま。おれは八藍です」
「お姫さま、お姫さま、ぼくは九詩です、よろしくおねがいします!」
黒髪の少年が八藍、茶髪に黒毛の混じった少年が九詩というらしい。一心に言われたとおり、ふたりそろってぺこりとお辞儀をしている。
見たところ、七、八歳くらいだろうか。なんともほほ笑ましい。
「はじめまして、私は梅雪。この子は蓮虎。よろしくね?」
早梅が蓮虎を抱き直してひざを折り、小柄な少年たちと目線をあわせたなら、わぁ、と歓声があがる。
「お姫さまだぁ……」
「お姫さまだねぇ……」
「うん?」
心なしか、八藍と九詩の薄緑の瞳が、潤んでいるような気が。
それに先ほどから『お姫さま』としきりにくり返しているのは、なぜだろうか。
「梅雪さん、よろしければ、この子たちと遊んであげてくださいませんか?」
「えぇ、もちろん、よろこんで」
「きゃあ!」
「ばか九詩! 赤ちゃんおきちゃう!」
「八藍も声おっきいよ!」
きゃいきゃいと、少年たちがはしゃいでいる。
「まぁ、こどもだしなぁ」
一心はさておき、さすがの晴風も、無邪気な幼子を前にして警戒心をといたようだ。
「お姫さま、川におさかなをみにいきましょう!」
「ぼく、お姫さまにお花をあげたいです!」
「おやおや。はは、順番にねぇ。それと私はお姫さまじゃなくて、梅雪だよ」
天真爛漫な少年たちに袖をひかれるかたちで、歩きだす早梅。そのあとに続こうとした黒皇だったが──
「おっと、君はこっちだよ」
「……一心さま」
「そんなにこわい顔をしないで。ちょっと頼みごとをされてくれないかな?」
言うまでもなく、引きとめたのは一心である。彼のいう『頼みごと』がたいていろくなものではないことを、黒皇は身をもって知っている。
じとりと黄金のまなざしをよこす黒皇へ、一心はあくまではにかみを返す。
「離れのほうに、お茶を届けてほしくて」
「どなたがいらっしゃるのですか?」
「行けばわかると思うよ」
のらりくらり。それは、答えていないこととおなじではないだろうか。
黒皇がちらとふり返れば、晴風と目があう。「ま・か・せ・と・け」と唇を読むことができた。
「かしこまりました。すぐに済ませてまいります」
「ふふっ、すぐに帰ってこれるかなぁ」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
疑念をつのらせる黒皇をよそに、琥珀色の双眸をほそめた一心が、わらう。
「善は急げ、だ。行ってらっしゃい、黒皇」