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第120話 烏の求愛【後】

「話が逸れちゃったけど! 黒皇ヘイファンは結局、なんでくっつき虫になってるわけ!?」

「お心あたりがございませんか、ほんとうに?」

「ちょ、声ひっく……顔もこわいって」


 ゴゴゴ……と背後にとんでもない気迫をまとった黒皇の様子から察するに、早梅はやめも「もしかしたら」と思っていたことが、どうもビンゴだったらしい。


「……きのう、一心イーシンさまに求婚されたこと? きちんと丁重にお断りしたじゃない」


 燈角とうかくの街につき、マオ族率いる『獬幇かいほう』支部長として一心が快く受け入れてくれたことは、よろこぶべきことだ。

 なぜだか早梅は、出会ったその日にプロポーズをされてしまったが。


 黒皇はそのことがたいそうご不満なようだが、早梅としても、一心がどんな心境でそんな行動に出たのか、想像もつかない。


「一度断ったくらいで、はいそうですかと諦めるような方ではありませんよ」

「えっ、一心さまってそんな面倒なひとなの?」


 そうは見えないけどなぁ、と早梅が続けるより先に、黒皇が強い語気で主張する。


「悪い方ではありません。ですが色恋に関して、猫族の方々はわれわれとは貞操観念が決定的に異なります」

「えぇっと……つまり?」

「一心さまに限らず、猫族の男性とは、ぜったいにふたりきりになられませんよう。昼夜かまわず、十割襲われますので」

「それダメなやつじゃん!」


 つまり黒皇が言いたいのは、「ビジネスライクはOKだが、プライベートは気をゆるすな」ということらしい。 


「というか『襲ってくる男』なら、君も大概じゃないかい?」

「私はいいんです。ちゃんと『まて』ができますから」

「もー、口が達者になっちゃって」


 なけなしの反撃をしてみたが、それも論破されてしまった。

 早梅に信頼されている、愛されているという自信が、黒皇をわがままな甘えん坊にさせる。

 もっとも、生真面目な愛烏まなからすのそんなすがたを目にできるのはじぶんだけだと思うと、早梅もまんざらではないのだが。


「ところで早梅さま」

「もう、今度はなんだい!」

「愛しています」

「んなっ……」

「本日は、まだお伝えしていませんでしたから。愛しています、早梅さま」

「わ、わかった、わかったから!」


 歯の浮くような台詞をサラッと口にするのが、この烏の恐ろしいところだ。


 このまま口づけなんてされようものなら、寝台ベッドへ押し倒されかねない。そして濃厚な口づけの雨をふらされるのだ。

 蓮虎リェンフーがいなければ、迷いなく早梅を抱いていただろう。そういう男だ、黒皇は。


「ちょっとへやの外に出てくれる!?」


 唇を食まれる寸前で、なんとか黒皇のたくましい胸を押し返した早梅は、すかさず言い放った。


「ちゃちゃっと着替えをすませるから、髪を結ってちょうだい!」


 熟れた柘榴よりも赤い早梅のほほを目にしたなら、不満げだった黒皇も、口もとをゆるませる。


「それでは、早梅さまによくお似合いになる花をさがしてまいります」


 ちゅ、と口の端をかすめるだけの口づけを落とし、黒皇は寝室をあとにした。


「だーかーらー……君ってやつはーっ!」


 残された早梅は、悪びれもしない黒皇の愛情表現に、今日もまんまと赤面させられる。

 最大限声をひそめて発狂する早梅をよそに、なにも知らない蓮虎が、くぁ……としあわせそうなあくびをもらした。

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