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第117話 水郷につどう【中】

七彩雲海しちさいうんかい』を抜け、ふたたび央原おうげんの地を踏んだのは、二日前のこと。


「活動の拠点となる場所が必要です。そのためにまず、『獬幇かいほう』へ向かうのがよろしいかと」


 鶴ならぬ烏の一声によって、早梅はやめたちの目的地は決定した。

 女行商人に扮する紫月ズーユェとともに各地をまわっていた黒皇ヘイファンは、央原の地理を熟知しており、おかげでここ燈角とうかくへ難なくたどり着くことができた。


 獣人たちによる互助組織。それが『獬幇』である。


 一心イーシンの案内で、早梅たちは街のすこし外れにある屋敷へやってきた。

 民間人の住居にしてはひろい建物は、現在マオ族のみが利用しているとのこと。

 もちろん燈角のひとびとは、彼らが獣人であることは知らない。


 聞くところによると、ここでは客栈やどが営まれていたが、主人が患ってのれんを下ろしたところを、買い取ったのだという。


「僕らは気ままなもんですからね。猫族による『獬幇』支部は、各地を移動してるんですよ」

「では燈角の街が、偶然いまの拠点だったということですか?」

「半分正解で、半分不正解かなぁ」


 一歩先を歩く一心が、こちらをふり返り、どこかあどけない笑みを浮かべる。


「僕がいるところ。それが『獬幇』支部です」

「それは、どういった……?」

「一心さまに、すべての権限がおありなのです。猫族の族長でいらっしゃいますから」

「族長さまなんですか!? お若いからてっきり……」

「はははっ、よく言われますよ。ぽくないって。まぁ見た目と実年齢が必ず一致するわけじゃないってことです。とくに、僕ら猫族はね」


 つまり、一心も実際は二十代以上ということだろうか。ぶしつけに年齢をたずねるのもどうかと思い、早梅も憶測のみにとどめておくが。


「どうぞ、おかけください」


 一心と一言二言を交わすうちに、書斎のような大室おおべやにたどり着く。


梅雪メイシェさんは、旭月シューユェの妹さんでお間違いないですね」


 早梅たちが卓につくやいなや、一心がそう切り出した。

 にわかに、緊張がはしる。


「おっしゃるとおりでございます。ただ私は、両親ともに人間なのです」

「えぇ、旭月からお話は聞いています」

「……あの、紫月兄さまのこと、」

「あぁ、すみません。猫族では、本名で呼びあう決まりなんです」


 それはなぜか。理由についても、一心は言及する。


「僕らにとって名前とは、とても重要なものでして、異性に名前を贈るという行為は、求婚を意味します」

「へっ!?」

「相手がそれを受け取ることで婚姻が成立しますので、本名とは別に名前を持っている猫族は、既婚者ということになりますね」

「えっと、それは」

「ですので、配偶者でない者が『それ』を呼ぶのは失礼にあたるため、本名で呼びあうことがしきたりなんですよ」

「そう、なんですね……」


 開口からとんでもない話を聞かされてしまった。

『旭月』に『紫月』という名をつけたのは、梅雪だ。


(つまり、求婚してたってことなんだよね? それも、物心もつかないこどものときに! うわぁ……)


 猫族のしきたりを知らなかったとはいえ、なんの羞恥プレイだろうか。

 早梅が紫月の名を呼ぶことを許されるのは、恋仲だったから。

 黒皇が紫月の名を呼ぶことを許されるのは、猫族ではなかったからだ。

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