緋色の視線がからまる。
まっすぐ見つめ返す息子に、なにを思うたか。
「殊勝なことだ」
「……父上?」
「そういったことは、もうすこし背を伸ばしてから申すがよい」
「なっ、俺はまだ成長期なんですっ!」
つい素が出てしまった。そのうえ卓を引っぱたいて立ち上がっていたことに気づき、
目測でおよそ160センチ強。それが現在の暫定身長。暗珠がひそかにコンプレックスに感じていたことである。
対して飛龍は、180センチはあるだろう十頭身。おなじ血が流れているはずだから、じぶんとて将来有望なのだと暗珠も声高に主張したい。
顔が燃えるような心地の暗珠をよそに、涼しい面持ちの飛龍は続ける。
「心身ともに休まるいとまがないというなら、この場に居続ける理由もなかろう」
「失礼ですが、それは『後宮を出ろ』というお言葉に聞こえます」
「ならば話は早い。暗珠よ、
「貴泉ですって……お待ちください、それは!」
暗珠は、ふいに頭を殴られたようだった。
離宮へ行く。
(ハヤメさんを、探しに行けるかもしれない!)
暗珠が欲してやまなかった、自由が手に入るということ。突如射し込んだ希望の光だ。
「出立は三日後だ。荷造りをしておきなさい」
感動に打ち震える暗珠を視界におさめ、飛龍はおもむろに腰を上げる。
「細やかなご配慮、ありがとうございます、父上!」
歓喜のままに深々と頭を垂れる暗珠は、知るよしもない。
「暗珠、このところ精進しているようだな。
最後に飛龍が口にした、その意図を。
* * *
これは宮廷の中でも、ごく限られた専属医官しか知らないことだが。
皇帝陛下は、就寝前に『薬』を所望される。
むろん『薬』とは名ばかりの、毒を混ぜた酒だ。
「──味がせんな」
漆黒の夜更け。飛龍は私室でひじ掛けにもたれ、毒酒を飲み干すや、抑揚のない声でつぶやく。
猪すら泡をふいて卒倒する猛毒を、なんでもないように飲み下すなど、尋常ではない。
──二年だ。飛龍が毒酒を欲するようになって、もう二年がたった。
この間、飛龍は食事らしい食事をまったく摂っていない。それだけでも信じがたいけれど、ある日、不幸な医官は目にしてしまった。
若い宮女を殺し、まだあたたかいその血を毒酒に混ぜ、口にする飛龍のすがたを。
(この方は、もはや人ではない……!)
今宵も毒酒の用意を命じられた医官は、『異常』な男の前に跪き、震えることしかできない。
一瞬後のおのれの生死すらわからず恐怖する医官を背に、飛龍はうたうように独りごちる。
「わが梅花の姫、
飛龍は嗚呼、と感嘆をもらしながら、うっとりと、虚空の闇へわらいかけている。
「梅雪。私の可愛い梅雪。その柔肌を食いやぶって、桃の果実のごとく瑞々しくあまい血を、そのやわらかな肢体を、喰らい尽くしてしまいたい。あぁ……今度こそじかに抱いて、また孕ませてやろうか。私の子を、何人でも生んでおくれ、梅雪……ふ、っくく、はははははっ!」
愛欲に狂った男のわらいが、闇夜にこだまする。
これが、道を外した者のすがただというならば──
なぜ、いまだに破滅がおとずれないのだろう。