夜の来ない
「ここまでにしとこうかな」
いつもならこのまま寝台へ沈み込むが、ふと外の空気を吸いたくなり、早梅は窓際へ行って格子窓をひらいた。
「……へっ!?」
そこで、予想だにしない出来事が起こる。
軒下に、なんかある。
(人みたいなのがうずくまって……えっ、ちょ、待って)
早々に混乱へ陥った。
「あのう、大丈夫ですか?」
生きてるんだろうか、これ。
早梅は窓枠から身を乗り出し、現状の把握を試みる。
黒い。髪も服装もとにかく黒い人らしきモノが、いわゆる『ごめん寝』をしている。
寝室をきょろきょろと見わたし、壁に飾られてあった宝剣を手にとった早梅は、窓際にもどり、鞘の先っちょでつつこうとしてみた。
「さわるな」
そして、ぴしゃりと放たれた低い声音に、ぴゃっと飛び上がった。
(生きてたんかい!)
早梅は内心ツッコまずにはいられなかった。
それからも、この奇妙なやり取りは続く。
「僕にさわると火傷しますよ」
「えっ……」
「いや、そのままの意味ですからね。肌が焼け爛れて激痛を感じる物理的なほうの火傷です、なのでくれぐれも素手でさわらぬように!」
可哀想なものでも見る早梅の視線を察したのか、うずくまっていた黒い物体が、がばっと起き上がった。
「えっ……なっ!」
なにがなんだかわからない早梅でも、かろうじてわかることがある。
突然息を吹き返し、窓越しに詰め寄ってきたのが、十五、六くらいの、おなじ年ごろの少年だということ。
それから、艶のある黒髪をした彼の瞳が、まばゆい黄金色をしていたことだ。
その背後に見える濡れ羽色の翼は、幻覚だろうか。
「
「ちがいます。僕は
「待って……それじゃあ君は、黒皇の弟!?」
道理でよく似ている。つまりは
黒皇が真顔の美青年なら、黒慧は仏頂面の美少年だった。なにか気にさわることでもしたろうか。
「あぁ、お騒がせしてすみません。激務明けで過労気味で。
「ちょっとじゃない、めっちゃ間違ってる!」
金王母の私宮があるのは、金玲山の西。ここ
黒慧よ、間違えるにもほどがある。これは、相当キていると見た。
「なかにお入りよ! とりあえず休んで、話はそれからだ!」
「え、でも妙齢の女性のお部屋に、失礼するわけには」
「いいから! ほら黒慧!」
ここで、
渋る黒慧だったが、ふらふらと前後不覚になるほど、疲労と睡魔が極限に達していた状態だ。
「じゃあ……すこしだけ、おじゃまします」
半ば夢うつつで黄金の瞳をとろんと蕩けさせ、一羽の烏となって、黒慧はそよ風とともに窓から舞い込んだ。