紅白の蓮の花が、一面に狂い咲いている。
蓮池に浮かぶ高殿で、
「
「瑞花、元君……」
「おや、お気に召しませんか?」
「滅相もございません! ただ、実感がわかず……自分が仙女となり得る器なのか、疑問なのです」
これは苦行を耐え抜いたからこそ得られるもの。果たしておのれは、それに足る修行を積んだろうか。早梅は疑問でならなかった。
「えぇ、何事も成さねば成らぬ。ゆえにそなたは、仙たる器だといえましょう」
「……私は、なにを成したのでしょうか?」
「ひとつは、怪我をした可哀想な烏を助けたことです」
金王母が言っているのは、
黒皇とはじめて出会ったのは、まだ
「
「わが
「偶然? いいえ。この世のすべては必然です。そうあって然るべし。そなたらは、なるべくして出会った」
金王母はそう言って、優雅な所作で手にした茶杯へ口づける。
見目は可憐な少女でも、彼女はたしかに数千年を生きる大仙女なのだと、早梅は言葉を交わすほどに実感する。
「ほかにも、孤独な獣人の少年に、惜しみない愛を注いだこと。悪を
「機を……ですか?」
「はい、この世にふたつとない瑞花が、花ひらくときを、です。そしてそなたは、妾の期待に見事応えてくれました」
「……お言葉ですが、私は、金王母さまのおっしゃるような人格者などではありません」
仙となるには、早梅の身はあまりに傷だらけで、血にまみれている。
「その身に子をやどしたからですか? 女仙となるのに、処女性は問われません。
「いえ……私が申し上げたいのは」
「人を
見抜かれていた。
しかし、うつむく早梅の苦悩を、金王母はいともたやすく一蹴してしまう。
「よいですか。いつの時代の、どの名君主らも、みずから剣を振るって後世に名を残したのです。人を殺めることをことごとく悪とするなら、この世のすべては悪ということになります」
「流される血があっても、致し方ないと?」
「むろん、いたずらに命を奪ってもよい道理はございません。たいせつなのは、血の甘露に酔わず、おのれの良心にしたがって悪をくじく、強き
そこで言葉を区切った金王母は、つと、新緑のまなざしで早梅を見据える。
「妾は、懲罰をつかさどる神でもあります」
「──!」
「そなたが
高い少女の声音でありながら、凛としたひびきに、早梅は圧倒される。
あぁたしかに、可憐なだけではない方だ、と。
「悪を厭い、勇敢に立ち向かわんとするそなたの力が、妾には必要なのですよ。これで答えになりますか、
金王母の真摯な面持ちを受け、早梅はにわかに気を引きしめる。
「金王母さまのご期待には添いかねるやもしれませんが、私は、私の思う『悪』をはらうつもりでおります」
度重なる別離に、打ちひしがれた。
慟哭し、挫折し、絶望さえした。
それでも歯を食いしばって立ち上がったのは、必ず遂げなければならない本懐が、ゆるがずに在るためだ。
「まぁ、たのもしいですこと」
早梅の瞳の奥底に確固たる光をかいま見た金王母は、満足げに、花の笑みをほころばせた。