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第73話 瑞花咲けり【前】

 これは一体、どうしたことか。早梅はやめは混乱する。


青風真君せいふうしんくん梅雪メイシェお嬢さまがつぶれてしまいます」

「るせぇ! 俺のこどもをどうしようが俺の勝手だ!」

「厳密には、梅雪ちゃんは私たちの子孫なんだけど」

「俺たちの血を引くこども、つまりは俺のこどもだろがぁ!」


 晴風、めちゃくちゃな見解である。


 事の発端は、静燕ジンイェンとの会話中。眉間にしわを寄せた晴風チンフォン瓏池ろうちに戻ったかと思えば、早梅のもとへ猛然と駆けてきて。


「俺のことは『おじいちゃん』って呼んでいいよぉおおお!」


 と、飛びついてきた勢いもそのまま、なぜだか猛烈に、ほおずりをしてきたのだが。


「えっ……えっ?」


 ちょっと意味がわからない早梅だった。



  *  *  *



「あの、青風真君」

「おじいちゃん」

「せい……」

「おじいちゃん」

「……おじいさま、下ろしていただけるとうれしいです」

「おう、却下だ」


 熱烈な抱擁を炸裂させた晴風は、ひとしきり子孫まごを堪能し、落ち着いたらしかった。

 早梅をひょいとひざ裏からかかえ上げたまま、下ろしてはくれなかったが。


「へいふぁーん……」

「あーっ浮気するの? 黒皇ヘイファンに浮気するの? おじいちゃん泣いちゃうよー!?」


 すこしでも黒皇へ助けを求めようものなら、この発言。

 父、桃英タンインをちょっと二十年くらい若返らせて、性格をまるっとひっくり返したような晴風に、『おじいちゃん呼び』を乞われているのだ。

 情報量が多すぎる。早梅の混乱は必至だろう。


「……おとなげないです」

「ハッ、でかい図体してふくれたって可愛くねぇぞ、黒皇」


 鼻を鳴らしてせせら笑う晴風。どこの悪役だろうか。

 どちらかといえば繊細で細身な桃英と瓜ふたつのため、顔はいい。


 だがしかし、あえて晴風に異議をとなえよう。

 なぜなら黒皇は早梅にとって、たよりになって、かっこよくて、かわいい愛烏まなからすなのである。


(あとで、いっしょに寝ようね)


 早梅がはにかめば、じとりと晴風に半目を返していた黒皇が、黄金の隻眼を見ひらく。


(はい、黒皇が添い寝します)


 そして黒皇は、そっとうなずいてみせる。早梅との以心伝心の瞬間だった。

 そんなことはつゆ知らず、早梅を抱き、静燕、黒皇を引き連れた晴風は、鼻歌をうたいながら先頭を歩く。


 金と銀の草むらを器用にかき分けた晴風が、やがてたどり着いたのは、早梅も見おぼえがある光景。

 金玲山こんれいざんへやってきた初めの日に目にした、巨大な石碑のそびえ立つ場所だった。


「あらあら、まぁまぁ! なんて愛らしい女子めのこでしょう!」


 くだんの石碑の前に、早梅はとある人影を視認する。

 声の発生源へ目を凝らした早梅は、瑠璃の瞳を極限まで丸くさせた。


(待ってくれ、ものすごい美少女がいるのだが……!?)


 白磁のように滑らかな肌、新緑を閉じこめた、ぱちりと大きな双眸、瑞々しい桃色の唇。

 亜麻色の髪は絹糸のごとく、珠玉のつらなる金の簪がよく映える。

 青、朱、白、黒、黄の五色の衣を身にまとい、早梅よりも『愛らしい』という言葉の似合うだろう十四、五歳ほどの小柄な少女が、喜色満面に細腕をひろげていた。

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