「
「えっ? あ、うん」
甘えんぼうな
それが、いけなかった。
「ありがと!」
憂炎のはじけるような笑顔が炸裂したかと思えば、ふに、と唇にやわらかいものが。
(……あれっ?)
はじめはふれるだけだったのに、やわく食まれたり、ちゅっと音を立てて吸われたりする。
「ん……おねえちゃん……」
「憂炎、ちょっと待っ……んんっ」
かぷり、と噛まれてしまった。唇をまるごと。
「はっ……おねえちゃん、すき……すきぃ」
熱をおびたかすれ声に、うっとりと蕩けた柘榴色の瞳。
なんだか大変よろしくないような気が、早梅は猛烈にしてきた。
からだを離そうにも、憂炎はびくともしない。
待ってほしい。この子は、こんなに力強かったろうか。
「約束だからね。ぜったい梅姐姐をむかえにいくから。そしたら、もっともっと、俺とあそんでね」
するりと指をからめられて、早梅はやっと気づく。
まだまだ幼さは残る一方で、憂炎の手が、自分のものより大きくなっていたことに。
「あなたは俺の、俺だけのもの」
手だけじゃない、声だって。
少年と青年のはざまにある、あどけなくて、どこか危ういもの。
「覚悟して。二度と離してなんかやらない」
鈴虫の音も、川のせせらぎも、蛍の光も、なにもかもが、早梅の視界から霞んでゆく。
「──愛してるよ、俺の、
最後にまたひとつ、早梅へかさねられる口づけ。
そのあまりの熱にあてられ、ぼうっとにじんだ意識を、早梅はついに手放してしまった。
* * *
「……
「はい、なんなりと」
「私をいますぐに、そこの池へぶち込んでほしい」
「いやです」
うたた寝をしてしまった。口にするのもはばかられる夢まで見て。
いっぺん頭を冷やすべきだと早梅が決心して発言したことは、過保護な
(いくら憂炎に会いたいからって、あれはないだろう……うわぁああ!)
早梅の知る憂炎とは、見た目も言動もかけ離れていた。
純粋無垢なこどもで、自分を姉と慕ってくれる憂炎が、あんな、恋人にふれるようなことをするはずがない。
身悶える早梅の頭を、黒皇はとりあえずなでていた。
「お嬢さまは寝ぼけてらっしゃるんですね」くらいにしか思っていなかった。
「あら、
からころ、と水底からひびく鈴の音色にまざって、くすくすという笑い声が、早梅の耳にとどく。
聞き慣れない女性の声。
黒皇の腕から顔を出した早梅は、瑠璃の瞳を見ひらく。
三色の木の葉が風にそよぐ森のほうから、新雪のような髪を結い上げた老婦人が、危うげない足どりでこちらへ歩み寄ってくるではないか。
「これは、
「いいわよ、黒皇。かしこまったことはなしにしましょう。私はちょっと、お散歩にきただけだもの」
腰を折ろうとする黒皇を、静かな声音で制する老婦人。
おだやかな笑みをたたえたその双眸もまた、早梅とおなじ瑠璃色をしていた。
言わずもがな、彼女も仙人なのだろう。
「お初にお目にかかります、
「まぁ、ご丁寧にありがとう。私は風──
『桃花四仙』とは、はじめて聞く言葉だ。
早梅の疑問を察してか、黒皇が続ける。
「こちら金玲山のあるじは、
要するに、この山で一番えらいひとの、側近のひとり。つまりは、えらいということだ。
「そういう肩書きがあるってだけよ。あまり気兼ねせずに接してちょうだいな。肩が凝っちゃうもの」
本人は、さして気にとめていないようだが。
そうして冗談めかす老婦人の様子は、
「風は、
「よろしいのでしょうか?」
「もちろんよ。そうそう、私のことは気軽にイェンイェンって呼んでね」
だれのなにとは言わないが、既視感が早梅を襲う。
(『フォン』に、『イェン』ときたか……)
人知れず、まさか……と薄々感じていたことが、早梅の予想どおりとなった。
「あ、これはこどものころの愛称なの。名前で呼んでくれてもいいわ。私はね、
──そぅら、きたぞ。
薄笑いを返しながら、早梅は内心、頭をかかえる思いだった。