動くものの気配を感じ、
見れば
「
枕もとで丸くなっていたちいさな烏は、濡れ羽色の羽毛から首を持ち上げ、三本足でひょこひょこと主へ歩み寄った。
そしてすぐに、黒皇は異変を悟る。
自身を抱きしめる早梅のからだが過剰にふるえ、汗が噴き出ているのに、顔面は蒼白なのだ。
休養のために手近な
「悪夢でも、ごらんになられたのですか」
その直後だった。早梅が声にならない悲鳴を上げ、掛け布を払いのけて、寝台を飛び降りた。
早梅は扉を突きやぶる勢いで、闇の中へ姿をくらませる。
「お嬢さま!」
すぐさま翼をひろげて飛び立った黒皇は、室を飛び出すやいなや、二本足で着地した。
人の身で、寝静まった夜を疾走する。
そして屋外へたどり着いたとき、黒皇は戦慄する。
庭の池へ、早梅が身を投げたのだ。
真冬の夜に池へ飛び込むなど、自殺行為だ。
「なにをなさるのですッ!」
もはや怒号だった。
黒皇は上衣を一枚脱ぎ捨てるや、夢中で身をおどらせる。
水飛沫が上がり、刺すような冷たさに、黒皇は眉をしかめる。が、腰ほどの深さしかなかったことが、幸いだった。
黒皇は池の中央で立ちつくす早梅の腕をさらい、軽いからだを岸辺へ押し上げる。
「ご無礼をいたします」
黒皇もはずみをつけて池から上がると、口早に告げ、早梅の帯をほどく。
濡れて重い寝間着を半ば剥ぎとるように脱がせ、うら若き乙女の素肌が夜気へさらされる前に、先ほど放った自身の上衣でつつみ込んだ。
「心の臓が、口からまろび出るかと思いました……」
うずくまる早梅を両腕で抱きしめ、黒皇は安堵する。けれど、それもつかの間のことだった。
「……黒皇……さむい、さむいよ……」
真冬の池に飛び込んだのだから、当然のこと。
それはそうなのだが、そうではないのだ。
「わたし、どうしたらっ……もういやだっ……!」
わっと泣きつく早梅を受け止めて、黒皇は息をのむ。
早梅のひざとふれた地面が、ぴしり、ぴしりと、凍りついていたのだ。
黒皇の腕の中のからだは、氷のごとく冷たい。
(お嬢さまの
内なる気の力を制御できず、外界へあふれさせてしまう。
すなわち
「……夢だったら、よかったのに……」
悲痛な早梅の声音に、黒皇はようやく我を取りもどす。そしてぎり、と奥歯を軋ませた。
冷たい冷たい早梅のからだを目前にして、黒皇の腹の奥底から込み上げるのは、燃えたぎる怒りの炎。
首すじ、胸もと、腿。
早梅の素肌に散らされた、おびただしい朱の
(……憎い)
ただひとつ、それだけ。
おのれを律してきた黒皇でさえ、ほとばしる負の感情を抑えられない。
「……おからだを冷やしてはなりません。お部屋へもどりましょうね、梅雪お嬢さま」
激情の嵐をやっとの思いで胸のうちにとどめ、黒皇はつとめておだやかに発語する。
嗚咽のせいで、ろくに返事のできない早梅をそっと抱き上げた。
黒皇はその夜、
首の両側にある噛み傷。
全身の鬱血痕。
両手首には、強く締めつけられたような痣。
早梅は、からだもこころも、傷だらけだった。
空が白んできたころ。
泣き疲れたのか、早梅は力つきるように、眠りへと落ちていった。
新しい寝間着を着せ、寝台へ横たえた黒皇は、みずからも横に
「……梅雪お嬢さま」
腕で抱くだけでは足りない。
黒皇は一分の隙もなく早梅へ身を寄せ、濡れ羽色の翼で包み込んだ。
この方には決してふれさせぬという、確固たる意志を胸にいだいて。
これは早梅と黒皇が