夜空に浮かぶは、蒼白い望月。
今宵もまた、耳障りな音がする。
ぽきり、ぽきり。
それは、小枝が折れるように。
ころり、ころり。
それは、石ころが地面へ転がるように。
「酒の
居城の景色に美醜など求めてはいなかったが、このところは癪にさわって仕様がない。
卓に片ひじをついた
「興がそがれた」
飛龍は青梅の実が浮かんだ酒を飲み干すやいなや、椅子から
と、視界の端に
(蝋人形に翡翠色の絹糸で髪を結い上げてやり、瞳に瑠璃の石をはめ込んだほうが、よほど有意義であったな)
いくら
だが、聡明な飛龍はすぐに思い直した。
そもそもの愚か者は、おのれやもしれぬ、と。
(唯一無二の美貌を、塵なぞに見いだそうとした私が浅はかであった)
食事は味がせず、目にするすべてが色あせて見える。
それらしい女を見繕っても、胸の空洞がひろがるばかり。
今宵もほら。飛龍がすこしふれただけで、ぽきり、ころりと、死んでしまった。
死体をどうこうする嗜好は、飛龍にはない。ゆえに、こどもを生む道具以下のがらくたに辟易しながら、行き場のない欲望を燻らせるしかないのだ。
飛龍が本当に欲しいものは、伸ばした指先にはふれない。
なんと、ままならないものよ。
(そなたは、かくも私を乱すのか。悪い女だ……
華奢な細腕で剣をふるい、蝶のごとく軽やかに舞う。あの少女に、魅了された。
飛龍のこころが、からだが、たったひとつの存在を求めてやまないのだ。
これを『愛』と呼ばずして、なんとする?
あの勇ましくもいじらしい少女を、どうすればおのれのもとへ永劫に留めておけるのか。
思案にふける飛龍は、ついにそのととのった顔貌を、愉悦にゆがませた。
「すこし、意地悪をするか」
うまく手加減ができず、泣かせてしまうやもしれぬが。
「この手で、初々しい花を散らしてやろう──」
嗚呼、それがいい。そうしよう。
「これもそなたを愛するがゆえなのだ。ゆるしておくれ、梅雪。わが梅花の姫よ」
飛龍はわらう。愛執をたぎらせて。
凍てつく夜闇を、熱をおびた吐息が溶かした。
* * *
「梅雪お嬢さま」
吹きすさぶ風のなかにありながら、その呼び声は、不思議と鮮明に
早梅は、そっとまぶたを押し上げる。
乱気流が凪いだ先に、その光景はひろがった。
見たわす限りの、青藍の空。
まるで、空の海に浮かんでいるようだ。
否。海が、空の色を映しているのだったか。
いま手を伸ばしたら、太陽にもとどくだろうか。
ぼうっと青の彼方をあおぐ早梅の視界へ、ふいに影が射し込む。
突然の暗転に
切り立った巨大な岩の塊が、根を張る大樹のごとく、まっすぐに伸びている。
その堂々としたたたずまいに圧倒される早梅は、ちっぽけな豆粒のようなものだろう。
「
言葉を忘れて魅入る早梅のからだを、黒皇はいま一度、たくましい胸へ引き寄せる。
「じきに、到着でございます」
艷やかな黒の