時の都、
先に皇妃が亡くなられてからというもの、後宮でもっとも大きな東の宮の主は、そう年端もいかぬ皇子となった。
皇子は幼少より、一日のほとんどを病床ですごしていた。
どこぞの陰謀に巻き込まれて毒を盛られるより、喘息をこじらせてころりと
そんな唯一の皇位継承者が、ある真冬の早朝、あやまって池に落ちたという。
宮廷内は震撼。専属の医官たちは、みずからの死をも覚悟した。
そして、だれもが予想し得ない出来事が起こる。
「──剣を持て」
「へっ、け、剣でございますか?」
三日三晩生死の境をさまよった皇子が、むくりと起き上がり、たっぷりの無言を経たのち、うなるように発語したのだ。
「おそれながら殿下、剣よりも、まずは薬湯を……」
「はやく持て!」
「ひッ……し、しばしお待ちを!」
医官はすくみ上がり、皇子の私室から転がりでていった。
ひろい
「……はぁああ!」
そして皇子は、盛大なため息とともに、壁へ頭を激突させた。
「しっかり痛いわ……」
要するに、夢ではない、ということだ。
そのうちに、なぜ真冬の池に落ちる失態をおかしたのかが、こめかみの痛みをともなってじわりじわりと思い出される。
一体なんのことかと思うだろう。
実際、なんのことはなかったはずだ。
皇子であったなら。皇子本人であったなら。
(艶のある黒髪に、
きわめつけは、専属の医官やら世話役の
「殿下って皇子のことだよな。
ぶつぶつぶつぶつと、もはや怨念の声音で独り言をもらしていた『少年』が、一変。
「主人公なんですけどぉーっ!?」
発狂。鬼気迫るその絶叫は、まさに正気の沙汰ではない。
「なんつーキャスティングだよ、しかも中学生だよな? どう見ても中学生だろ、これ。はいはい原作軸ガン無視きましたー!」
人が変わったかのごとく病弱な皇子が吠えるのも、当然のこと。
なぜなら『彼』は皇子であって、皇子ではないのだから。
「あーもういいや、なんでも。どうせ才能はあるんだし、剣でもなんでもちゃっちゃと修行してしまおう」
よく言えば順応が早い。
悪く言えばただのやけくそ。
開き直った『彼』の行動は早かった。
「俺が来たからには、覚悟してくださいよ……」
主人公らしからぬ黒笑を浮かべ、『彼』は声高らかに宣言する。
「とっとと見つけて俺の
『電脳無限会社
ノンプレイヤー課課長──クラマ。
社則でモブ専ではあるけれども、武侠小説『氷花君子伝』における主人公として、このたび特例で現場復帰をした次第だ。
ちなみに羅暗珠皇子殿下。
このとき
【第一章 忍び寄る影編 完】