「
「……ロリコンかよ」
「それは褒め言葉か」
「最上級の罵詈雑言ですわ、くそ野郎」
仮にも三十路すぎの子持ちが。
顔がよければなにをしても許されると?
そんなのは少女漫画のなかだけ。
犯罪は犯罪だ。
「女に暴言を吐かれたのも、はじめてだ」
「そりゃそうでしょうよ」
言いたい放題に煽りまくったのだ。
「だがその鈴の声音は、嫌いではない」
早梅のもっとも恐れていたことが、現実となってしまった。
「んぅうっ!」
懲りずに飛龍へ投げつけようとしていた悪態ごと、呼吸を奪われたのだ。
反射的に歯を立て、がり、とにぶい音の直後、ほろ苦い鉄錆の味が早梅の口内へひろがる。
「……はっ」
やっとの思いで胸を押し返した早梅を、冷めた血色の双眸で、飛龍が見下ろす。
「私から視線をそらすことは、まかりならんぞ」
冷えきっているのに、その奥には底知れない熱情が燻っているような、低いひびきをもった声音だった。
「いやっ……ふぁっ、んんっ!」
無情にも押しつけられる唇。
ぬるりと入り込んできたものが、血の絡んだ唾液をかき混ぜ、早梅の口内を蹂躙する。
「……女に口づけをしたのも、はじめてだ」
くつくつと、喉の奥を鳴らすような笑い声が聞こえる。
「早家の血が
……そんな、まさか。
「どうやら私とそなたは、たいそう相性がいいらしい」
そんなことが、あっていいものか。
「ふ……そう怖がらずとも、そなたのことは殺すまい。そなたの血がなければ、私は生きてゆけぬからだとなってしまったのだからな」
目をつむり、耳をふさいでしまいたい。
しかし手足は動かず、呆然と固まる早梅をあざ笑うかのごとく、耳朶へ熱い吐息が吹き込まれる。
「あぁ……こんなに食指が動くのもはじめてだ。はやく連れ帰ってしまおう」
これが『愛』なのか、わからない。
即座に否定できなくなっていることに、早梅はひどく混乱していた。
「勝負をしよう、早梅雪。そなたが私を殺すのが先か、私がその憎悪を『愛』で塗りつぶすのが先か」
「睦言のようなことをおっしゃって……飽きたら、殺すのでしょう」
「殺すのは簡単だが、そんなことはあり得ないと断言できるな。不思議なことに」
早梅へさらさらと言葉を返す飛龍の唇が、めじりを、ほほを、口の端をくすぐる。
「なぜなら私は、そなたを孕ませてやりたいとすら思っているのだからな。女を抱きたいと思うのもはじめてだ。まったく、おどろかせてくれる」
早梅はぞわりと、肌が粟立つ。
美しすぎる飛龍の笑みに、嫌悪感しかない。
死とは違う恐怖にさらされ、全身を掻きむしりたくなるような、えも言われぬ感覚にみまわれる。
(……『
あり得ない。
だが、それでは飛龍がいまだ死に至らぬことの説明がつかない。
もし、飛龍が『氷毒』を克服したとするなら……勝てるのか、飛龍に。
「急におとなしくなったな。疲れたか? どれ、私が運んでやろう」
早梅の両足が、地面を離れる。
姫のごとく早梅を抱き上げた飛龍は、やはり笑っていた。
「梅雪」
「っ……!」
名を呼ばれた。早梅はそれだけでうろたえてしまう。
そんな早梅に気づいていないのか。
いや、気づいているからこそか、飛龍はさらに笑みを深める。
「今宵は月が美しいな、梅雪」
だめだ、聞くな。
こころを動かされるな。
この男は憎むべき仇なのだ。
感情を凍らせろ。
(あぁ……でも、『愛される』のも悪くないかもしれない)
もうひとつ、思い出したのだ。
『
その
後宮で地位を築いた梅雪は閨に呼ばれ──情事のさなかに、おのれの血を大量にまぜた酒を、飛龍に口移しで飲ませていたのだ。
復讐のために、純潔を捧げる。
まさに、執念。
(梅雪だってやり遂げた。私にもできないはずはない)
否、これは早梅にしかできないことだ。
どうせこの手は血に濡れている。
いまさらうしなうものは、ないだろう。
「……陛下」
月を背に闇夜を歩んでいた飛龍が、ふと立ち止まる。
「殺したいほど、あいしています」
早梅は氷の笑みを浮かべ、ほほを包み込む。
迷いが生まれる前に、飛龍へ唇を押しつけた。
「あぁ。その憎悪ごと愛している、梅雪」
この世でもっとも憎い男に抱きしめられながら、早梅は薄く笑っていた。
こころをわたすくらいなら、壊してしまおう……と。
飛龍と密着してなお凍える早梅のそばで、ヒュルリと、風が啼く。
悲鳴のようにかん高い風音が、
「風が強いな──」
何気なく独りごちた飛龍であったが、はっと息を飲む。
がしかし、時すでに遅し。
飛龍が身をひるがえしたその先で、突如巻き起こった風が、竜巻となって牙をむいたのだ。
女子供ならたちまちに吹き飛ばされてしまうほどの豪風。
平生であればお得意の手掌術で内功をぶつけ、相殺する飛龍であるが、両の
そしてこの場は崖にかこまれた高地。
退避できる場所もない。