《はい、クラマです》
最初にどんな言葉をかけようかとか、考える暇すらもなく、ハヤメは笑ってしまった。
「応答早すぎやしないか?」
《ちょうど画面を見ていたときだったんです》
どうだか。
172回も着信を寄こしてきたクラマのことだ。
口ではすましていても、実際は四六時中画面にかじりついていたに一万票入れてやる。
《ハヤメさんから連絡くれるなんて、めずらしいですね? 俺からの着信はとらないくせに?》
「ははっ、そんなこともあったネー」
《笑いごとじゃねーよ。反省しろよ》
無茶なことを言わないでほしい。
ツンとスネたようなその物言いを聞くと、ハヤメはひどく懐かしくなってしまう。
《それより、なんで音声通信だけなんです? モニターONにしていいですか?》
「えー、だめ」
《だからなんで》
「いまお着替えしてるからー」
ばかっ、なに言ってんですか、あんたは!
クラマが大慌てで叫ぶさまを想像して、ハヤメはまた笑ってしまった。
けれど妙なところで勘がいい年下上司は、思いどおりにはなってくれないらしい。
《あのですね、出不精ならぬ連絡無精のハヤメさんが、『ただおしゃべりしたいからー』なんて理由で、連絡なんてしてこないですよ》
「ほう、それは初耳だ。本人だけど」
《モニター、つなぎますからね》
やっぱり、ごまかされてはくれないかぁ。
あきらめにも似た自嘲をこぼしながら、ハヤメは観念した。
直後、月光ではない仄明かりに照らされるような、まぶしさがある。
《そっちは夜ですか? てか……なんて格好してるんですか、ハヤメさん!》
皮肉をまじえたクラマの声が一変し、焦燥をおびる。
ハヤメの上質な
さらにハヤメは、右手に刃のむき出しになった剣をにぎっているのだ。
ただならぬ状況であることは、クラマも瞬時にわかったことだろう。
《怪我は……って、首! 首どうしたんですか!?》
「これは自業自得というか、見た目ほどひどくないから安心してくれ。服の血も私のじゃないよ。ちょっといろいろ面倒なことになってね。先に言っておくと、あまり時間もない」
《やばい状況なら、なおさら説明してください! 現在地照合をして、マップ情報を送りますから! 早く安全なところに……!》
「いや、いい」
《えっ? ちょっ……!》
「必要ない、と言ったんだ」
有無を言わさぬ圧さえ感じさせるハヤメの言葉に、クラマがうろたえる。
「自分でどうにかする。君は口を出さないでくれ」
天然で楽天家で、いつものほほんとしているハヤメらしくない、厳しい声音だった。
《……ふざけるのもいい加減にしてください》
「大真面目だ」
《ふざけてますよ! 助けを求めるつもりもないのに連絡してきて、喧嘩売ってんですか!?》
ハヤメもわかっていた。クラマを怒らせてしまうことを承知の上で、こんな馬鹿を言うのだ。
《あなたはいつもそうです。全部ひとりで背負い込んでしまう。なんで俺を頼ってくれないんですか! ハヤメさんにとって、俺はその程度の存在なんですか!?》
クラマの言葉は正しい。
自分は間違っている。
だけれどハヤメも、一度進むと決めた道を、変えることはできないのだ。
「違うよ。君だからこそ、だ」
《意味がわかりません……っ!》
「君が大切な存在だから、巻き込みたくないんだ」
《なっ……》
聞こえはいいだろう。
だがこれも、しょせんはハヤメ個人の主観。
自己満足の横暴を押し売っているだけ。
「君も知っているように、私はろくに連絡も寄こさない、ひどいやつだ。だからもう、こんな薄情者のことなど忘れてくれ」
《まさか……待ってください、ハヤメさん》
「君ならきっと、私より素晴らしい部下をそだてていけるよ」
《……お願いです、やめてください》
「クラマくん」
《いやだっ、ききたくない!》
「きいて、クラマくん」
《好きなんです! ハヤメさんのことが、好きで好きでたまらないんです! ハヤメさんがいなくなったら、俺は、俺はどうすればいいんですかっ!》
すがるクラマの声は、いままで聞いたことのない悲痛なものだ。
すべてをかなぐり捨て、クラマが引き留めようとしている。
「ありがとう」
ハヤメのそれは肯定ではなく、拒絶。
「君を忘れないよ」
私を忘れてとねがう唇で、君を忘れないとわらう。
これは救いようのない、ハヤメの身勝手だ。
《うそだ、そんな……いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ……っ》
「さようなら、クラマくん」
《俺をおいてかないでっ、ハヤメさんっ、ハヤメさんっ、ハヤメさぁあんッ!!》
「……ごめんね」
ハヤメは左腕を振り上げ、迷いとともに、クラマの絶叫を握りつぶす。
ぷつん、と空中の画面がブラックアウトし、静寂だけが取り残された。
IPアドレスも、アクセス権限も破棄した。ハヤメとクラマをつなぐものは、もうどこにもない。