名を呼ばれたような気がした。
直後、ぷつり、となにかが切れるような感覚。
はっと息を飲んだハヤメは、足をもつれさせてその場にくずれ落ちた。
「
先を走っていた
だが見ひらかれた瑠璃の瞳はじわりとにじみ、血の気をうしなったハヤメの唇が、わなわなとふるえる。
「あ……あぁ、あ……」
ハヤメが突如おぼえた、喪失感のわけは。
「
あぁ、そうか……と。
泣きくずれるハヤメを前に、憂炎も悟った。
命懸けで自分たちを逃がしてくれた紫月は、もう戻らないのだ。
「……いこう」
どこまでも続く夜道を、いつまで走り続ければいいのかも、さっぱりわからない。
それでも、立ち止まるわけにはいかないのだ。
「
憂炎は思いきりハヤメの腕を引く。
それから、よろめきながら立ち上がったハヤメを、すかさず支えた。
「憂炎っ……」
胸もとほどの背丈しかない子が、自分の手を取って、寄り添ってくれている。
ひたむきな憂炎のはげましは、ハヤメの最後の希望だった。
(そうだ……逃げて、生きのびなければ)
死んでしまったら、紫月のために泣くこともできない。
つらくて、かなしいけれど、ハヤメは歯を食いしばって顔を上げる。
憂炎に支えられながら、おぼつかない足取りを一歩ずつ、ゆっくりでも進める。
薄くふり積もった雪道。あたりは生い茂った木々にかこまれ、たのみの綱は月明かりだけ。
しかしながら、ハヤメたちのわずかな道標さえも、悠然と立ちふさがった人影によってさえぎられてしまう。
「手こずらせてくれたな、
突如現れたのは、視界のみを確保した黒装束の男。
紫月と斬り合っていた、主犯格の男だ。
顔はわからずとも、その話し方、たたずまいから容易に推しはかれる。
「貴様のせいで、大勢の
「そっちがさきに手を出したんだろ! 梅姐姐のせいじゃない!」
勇敢にも、憂炎が両手をひろげてハヤメをかばい立つ。
やはり
敵意をあらわにした
「
「憂炎!」
ハヤメが夢中で叫んだのと、
「頭が高いぞ」
だが、はずした。
「犬は犬らしく、這いつくばっていればいいものを」
そればかりか、一瞬にして距離をつめた男によって、憂炎は首を締め上げられてしまったのだ。
「あッ……はッ……!」
小柄な憂炎では、宙に浮いたからだをどうすることもできない。
苦悶の表情でばたつかせた足が、地表をかすめるだけ。
「憂炎をはなせ」
つと、男が視線をハヤメへ戻す。
ハヤメはとっさに取り出した小刀を、おのれの首に当て、にらみ返した。
「なんの真似だ」
「おまえたちの目的は、私なんだろう」
生け捕りというからには、ハヤメに死なれたら困る理由があるのだ。
「鬼ごっこで負けているのに、いまさら逃げようなんて思っちゃいないさ」
むろん、ハヤメの冗談でもない。
ハヤメがすこし力をかければ、刃がつぷりと首の表皮を裂き、ひとすじの血が流れ出す。
これは賭けだ。生と死の綱わたりだ。
迷っている暇などない。
選ぶのだ。最小限の犠牲ですむ道を。