絹をまっぷたつに引き裂くような音が、月夜にとどろく。
疾風が起こり、血をまとった
「
「俺に血反吐をはかせたのが間違いだったなァ!!」
紫月の
──ベン、ベンベンベンベン。
それは琵琶の音だ。
左手で『糸』をつむぎ、右手で『音』をひびかせる。
紫月はくるくると廻り踊りながら、いのちを奏でていた。
──『
儚くも鬼気迫る、
縦横無尽に夜闇を舞い狂う紫紅の鋼弦が、細かな網目を織りなして、緋眼の男へ襲いかかり──
一瞬の、静寂。
紫月の心の臓を貫くは、冷酷なる刃。
「……か、はぁッ……」
ごふ、と血の塊を吐き出した紫月の指先から、鋼の爪がすべり落ちる。
「無益な悪あがきだ」
剣も爪も折られ、瀕死の状態。
たしかに、もう紫月は、なにもできないかもしれない。
だが、なにも成せなかったわけではない。
「ハッ……余裕綽々とは、結構なこった……」
「なんだと」
「猫の引っ掻き傷を、甘く見ちゃいけねぇなぁ……」
そこではじめて、緋色のまなざしがゆらぐ。
男の武骨な手は、右肩を押さえていた。
「俺に引っ掻かれた! それだけで
「愛するこころを知らないやつに、俺たちは屈しない!」
「卑しい獣の分際で!」
男の怒声とともに、ずぷり、と剣を引き抜かれる。
胸に風穴をあけられたのだ。どうしたって、助からないだろう。
とうの昔に、紫月も痛みを感じなくなっていた。
いいだろう、どこへなりとも行くがいい。
凍てつく毒の呪いからは、決して逃れられぬ。
(あぁ……
紫月の視界に、紗がかかる。
思いをはせるのは、当然あの子のこと。
(俺……がんばったよ。ちょっと、しんどかったけど……)
だけど、すこしくらいは多目にみてほしい。
こう見えて、めちゃくちゃ痛かったのだ。
泣きたくなるくらい。
(おまえに会えて、おまえを愛せて、おまえのために、生きることができた……)
そばにいるという約束は、守れなかったけれど。
(独りには、させない)
その言葉は、うそではない。
(あぁもう……ねむく、なってきた……)
伝えたいことは、山ほどあった。
でもいい加減、くたびれた。
「……なぁ、
なにもかもが曖昧な空間で、紫月はそっとつぶやく。
「だいすき、だよ……」
おやすみ、と。
最期に言の葉を風へ乗せ、紫月はまぶたをとじる。
藍玉の双眸からこぼれ落ちた雫が、煌めいて、はじけた。