あれから
目的を果たすために、
復讐だけが、紫月の生き甲斐だった。
「紫月、兄さま……兄さま、きいて」
それなのに、妹よ。
「あなたを疎ましく思ったこと、憎んだことなんて、ただの一度もないのです」
なぜいまさら、そんなことを言う?
「だからこそ、あなたに『愛している』と、伝えるわけにはいかなかった」
妹が自分を「愛していた」なんて、そんな。
「あの曲のとおりだったのよ。私たちは……たがいを想うからこそ、すれ違ってしまったんだわ」
あの曲──『
妹に裏切られた、愚かな兄の曲。
それがいまさら、なんだって言うんだ。
「紫月兄さま、あの曲には、続きが……うっ!」
「
わけがわからず、気づいたら、紫月はうずくまる梅雪の肩を抱いていた。
梅雪が
それはつまり、不可避な死を意味する。
(梅雪が、死んでしまう……?)
とたん、あんなにも紫月の腹の底で燻っていた憎悪が、塵のように消えうせた。
(駄目だ梅雪、おまえは俺の、俺のだいじなっ……!)
紫月は無我夢中だった。
この子を決して死なせてはならないと、それだけで頭がいっぱいになる。
「紫月さま」
「
そんなときに現れた相棒が、なぜか悲痛な面持ちをしていて、紫月は息を止めた。
「……申し訳ありません、紫月さま」
「黒皇……?」
「紫月さまに、お伝えしなければならないことがございます」
だれよりも愛しい梅雪を抱いた紫月は、六年の時をへて、『真実』を知ることとなる。
「あの日、紫月さまが
* * *
香り袋に『
そのことを、
紫月が無実であることを承知の上で、犯人に仕立て上げたのだ。
それはなぜか。
「相次いで急死した使用人が、病死ではなく殺されたことを、みなさまご存じだったからです」
だがその心臓は、くしゃりと丸めた紙くずのように潰れていたのだと。
「そんなことがなし得るのは、
そのことに、桃英や桜雨のみならず、梅雪は気づいた。
そして梅雪は両親のもとをたずね、こう告げたのだという。
──強大な力を持つ『悪なる者』によって、わが早一族は滅ぼされるでしょう、と。
「ですから
──生まれ故郷である
──待ち受けるものが破滅だとしても、最期まで闘うわ。
──だからせめて、紫月兄さまだけでもおねがいね、黒皇。
どうか私たちの分まで、生きて、と。
嗚呼……そうか。
『千年翠玉』など、ただの口実にすぎなかったのだ。
紫月が早家に戻ってこないように、仕向けるための。
その結果として紫月に憎まれることを、桃英も、桜雨も、梅雪も、覚悟していた。
「このことは決して口外してはならぬと、梅雪お嬢さまに申しつけられておりました。紫月さまのご心痛を知りながら、ただ見ていることしかできず……本当に、本当に、申し訳ございません……!」
めったなことでは取り乱さない黒皇が、声をふるわせ、ちいさなからだ全体を使って、何度も何度も頭を下げる。
「……ばかやろう」
紫月は唇を噛みしめ、天井をあおいだ。
「どいつもこいつも、ばかだよ……っ!」
つくづく、笑える話だ。
守ろうとしていた梅雪に、守られていたなんて。
なにも知らなかった紫月自身が、最高の大馬鹿者だ。
「……俺は、愛されてたんだな……おまえも、愛して、くれてたんだなぁっ……!」
涙が、愛があふれる。
紫月はみっともなく泣きじゃくりながら、抱きすくめた梅雪のほほに、ほほをすり寄せる。
「ありがとう……ごめん、独りで、背負わせて……こわかったよなぁ、つらかったよなぁ……そばにいてやれなくて、ごめんっ……!」
薄汚い子猫を拾うような、やさしい子なのだ。
奇妙な烏とお友だちになりたいだとか言い出す、無垢な子なのだ。
どうして、梅雪を信じてやれなかったんだろう。
「もう独りにはさせないよ。俺がそばにいる。愛してる……梅雪」
復讐に囚われていたおのれとは、決別した。
泣きべそをかいている場合ではない。
「『千年翠玉』を取りに行く。おまえもついてこい、黒皇」
──絶対に救ってみせる。
愛しいひとの笑顔を、取り戻すために。
「はい、紫月さま」
闇が飲み込もうとしているのなら。
それを消し飛ばす、
そう、紫月は心に決めた。