一睡もしていないことなど忘れ、ひたすらに邸宅を駆けぬけた。
太陽すら起き出していない早朝に、紫月は慌ただしく扉を開け放つ。
寝台に、やはり
すでに起きていた梅雪は、寝間着のまま、窓の外の雪をながめている。
「紫月? どうし──」
紫月はたまらず、両腕を伸ばした。
腕に閉じ込めた梅雪のからだは、ちいさくなっていた。
正確には、紫月が大きくなっていたのだけれど。
「
これから、どうしよう。
胸にほとばしるこの感情を、どう形容したら。
「……すきだ」
紫月も、結局はそんな陳腐な言葉しかつむげない。
でもなんだっていい。
この想いを、伝えられるのなら。
「すきだ」
はっと、梅雪が息をのむ気配がある。
「お父さまたちから、きいたのね」
それは、紫月より先に『真実』を知っていたゆえの言葉だ。
梅雪がどこかうわの空だったのは、当然のことだったのだ。
「おれたち、
「うん」
「血がつながった、家族なんだって」
「……うん」
「だから、結婚できるんだって」
「……そうね」
「我慢、しなくていいんだな、梅梅……おれの梅梅……!」
昨晩告げられた、衝撃の『真実』は。
「──彼女を愛していた」
「──彼女が大好きだったわ」
なにを言われたのか、紫月はすぐには理解できなかった。けれど。
「紫月、私が、おまえの父親だ」
「
梅雪の父が、自分の父でもあった。
あぁ、だから、無性に胸がざわついたのか。
父が男として愛していたのは、自分の母。
父が兄として愛していたのは、梅雪の母。
「
「もしかしたら、私たちは絶望の果てに、梅雪を手にかけていたかもしれない」
「だが四宵がいたから、私たちは人の道を外さずにすんだ」
「血の呪いに屈しない彼女の強さにふれて、微力でも、あがいてみようと思えたの」
よく似た顔のふたりが、口をそろえて告げた。
だから梅雪を愛すことができるのだ、と。
桃英、桜雨、四宵。宿命にさいなまれた三人の若者が出会い、数奇な運命をもたらした。 なんて歪んでいて、美しい愛のかたちなのだろう。
「おまえたちのことを見つけられなかった。つらい思いをしてきたろう。至らぬ父ですまない」
桃英と四宵。人間と獣人の愛。
道は険しく、敵も多かったろう。
いいんだ、母が、自分が、愛されていたことがわかったのだから。
「紫月、あなたには、幸せになる権利がある。それをとやかく言う権利は、私たちにはありません」
自分にとっての幸せとはなにか。
それを、紫月はとっくの昔に知っていた。気づかないふりをしていたけれど。
「おまえは梅雪の兄だ。それを思う存分、利用してくれ」
「大切なひとを想う気持ちは、だれであっても、罪になど問えないわ」
何度も何度も脳裏に呼び起こした言葉をなぞって、紫月はわらいが止まらない。
「『おともだち』なんかじゃ足りないよ。本当の家族になろう。おれが一生愛してあげる。ね、梅梅」
だって自分は、この子の兄なのだから。
* * *
獣人は成人をむかえると、劇的に姿かたちをかえる。
ある朝に目を覚ますと、寝間着の裾がやけに短くなっていて、のどに違和感がある。
紫月はおあつらえむきに用意されていた
それから髪を半分結い上げて
「おはよう」
「あ、おは、よ──」
その日はじめてあいさつを交したときの、梅雪の表情といったら。
紫月は可笑しくて可笑しくて、忘れられない。
「なんだ、俺に見惚れたか? 可愛いやつだ」
男とも女ともつかぬ美貌をたたえた妖艶な青年が、ちいさな少女を抱き上げて、情愛のままに、そのほほをやわく食んだ。
「愛してるよ、梅梅。可愛い可愛い、俺の梅雪」