「
「お坊っちゃまはやめろ」
「紫月さま、本日も
「……わかってるよ」
すこし前からである。
雪のふる日も外を駆け回る活発な梅雪が、
「ねぇ紫月、琵琶って弾ける?」
「……弾けるけど、なんで?」
「物置きで見つけたの。聴きたいなって」
代わりに、そう紫月へせがむようにもなって。
紫月も幼いころ、母にちょっと習っただけだ。我流にもほどがある。
そんな紫月の琵琶を、梅雪は聴きたいというのだ。
そっけなく拒否をする選択肢など、紫月にはないとわかっていて。
「紫月はなんでもできちゃうなぁ。わたしは弾けないや」
「
一緒に琵琶を楽しんで、喜んでもらえたら、また笑ってくれるようになるだろうか。
(もっと上手くなろう)
梅雪が望まない夜も、紫月は琵琶を一心不乱に奏で続け、腕をみがいた。
すこしでも、母の音色へ近づくように。
「いい音だ」
酷使した指が霜焼けではない赤に染まったころ、さえざえとした月夜に、男の声がひびいた。
翡翠の髪に瑠璃の瞳をした男が、そっと背後にたたずんでいる。
現実に引き戻された紫月は、深々と頭を垂れた。
「これはご当主──
食事も着るものも、梅雪に準ずるものを与えられる。
娘のいのちを救ったとはいえ、得体の知れない自分に桃英がなぜそこまで慈悲をほどこすのか、紫月は長らく疑問だった。
「来なさい。話がある」
仮に紫月が拒否したとして、ゆるしてしまうだろう。桃英は、そういう人物だ。
紫月は琵琶を胸に抱き、桃英の背に続いた。
紫月が連れて行かれた室には、すでに人影があった。
前をゆく桃英とおなじ翡翠の髪に瑠璃の瞳をした女性が、紅木の椅子のそばに立っている。
桃英の妻、
「琵琶の音が、ここまで聞こえてきたわ。とても澄んだ音色ね」
そこまで言われてしまえば、謙遜は失礼にあたるだろう。紫月は会釈をかえす。
紫月を見つめた桜雨のまなざしは、おだやかだ。
「いつ見ても、本当によく似ている……彼女も、琵琶の達人だった」
「桜夫人まで、なにを……」
「いらっしゃい、紫月。あなたとは話をしたいと思っていたの」
梅雪の父と母。紫月にとっては主人だ。
ほとんど遠巻きでしか目にしたことのないふたりが、一体どうしたというのだろう。
「紫月、座りなさい」
「ですが、桃英さま」
「かけなさい」
困惑する紫月も、そう言われては従うほかない。
当主、次いで奥方が腰かけたのを見とどけて、紫月もおずおずと椅子を引いた。
首を縮めた紫月と向かい合う、四つの瑠璃の瞳がある。
ややあって
「
「──っ! なんでッ!!」
知っているもなにも。
愛してやまない、母の名だ。