愛を込めた音色によって、激情の炎が鎮まる。
ハヤメの胸で泣きはらし、
「ごめん、なさい……」
「怒ってはいないさ。それより、具合はどう? からだにおかしいところはない?」
憂炎は、内なるエネルギーを爆発的に増幅させる『
これは耐性のない者にとって劇薬。
「耳としっぽが、でてきちゃう……」
「それだけじゃないだろう。ほかには?」
「それだけだよ。あとはへいき」
だからこそ、憂炎の返答はハヤメに衝撃をもたらすものだった。
(本当になんともないのか? 私でさえ、増幅した内功の制御に苦戦したのに)
にわかには信じがたいけれども、当の憂炎が大きな三角の獣耳を両手でおさえ、引っ込めようと奮闘している。
そんなことより、こちらのほうが一大事だと言わんばかりに。
(そうだ、憂炎はこの物語の黒幕となりうる存在……武功《ぶこう》の素質があるのは、当然のことなんだ)
それはおそらく、
もしかすれば、
「どうしたの?
「女子供の分際で、なめた真似をしてくれたな!」
迫り来る気配。ハヤメはたしかな殺気を察知する。
とっさに反撃を試みようとするハヤメだが。
(間に合わない……!)
瞬時に悟ったハヤメは、抱きよせた憂炎を胸にかばう。
戦場であることを、一瞬でも失念していた。
たったそれだけで、生死など簡単に決まってしまう。
この物語は、そういう世界なのに。
いまさら後悔したところで、手遅れ。
重たい衝撃にみまわれ、ずぷりと、なにかが刺し貫かれる音。
憂炎へおおいかぶさったハヤメの頭上に、生温かい雨が降りそそぐ。
覚悟した痛みは、なかった。
痛覚が麻痺したわけではない。
そろそろと空をあおぎ、ハヤメは思考停止する。
ハヤメの視界をふさいだ
「くそ、この女、余計なことを!」
忌々しく吐き捨てた黒装束の男が、乱雑に剣を引き抜く。
どっと背中を蹴りとばされた小柄なからだが、ハヤメのもとへくずれ落ちた。
「……お嬢、さま……」
「明林……まさか、私を、かばって」
「わたし……こわかったんです……夫を、殺され、脅され、て……こわくて、こわくて……あなたを、売るような、真似を……」
「しゃべるな明林ッ!」
ハヤメの制止は、もはや悲鳴だった。
けれども、明林の独白はやまない。
「梅雪、お嬢さま……あいして、いまし、た……ほんとうの、むすめ、みたいに……だいすき、だったくせに……」
「もういいから、もうっ……!」
「だれも、すくえないの……おくびょうで、やくたたずの、わたし、なんかじゃ……」
こぽりと、吐き出される鮮血。
血に溺れる明林が助からないことは、火を見るよりあきらかだった。
「なにもかも、うしなって……だいじなひとを、きずつけ、て……なんて、みじめ、なのかしら……」
どろりとした紅に、まじるものがある。
ぼろぼろと明林のほほをつたう、涙だ。
「おじょう、さま……ごめん、なさい……」
ひときわ大粒の雫が、すべり落ち。
糸を断たれた人形のように、明林は事切れた。
──ありがとう。わたしの
最期に、そう言い遺して。
沈黙する明林の亡骸を、ハヤメはそっと横たえる。
その濡れた虚ろな瞳へ手を伸ばし、明林の涙を拭うように、まぶたをおろした。
うなだれたハヤメにできるのは、無力感に唇を噛みしめることだけ。
「おとなしく『千年翠玉』をよこしていれば、すこしは長生きできたものを!」
静寂を引き裂いたのは、紫月と斬り結ぶ主犯格の男だ。
「やはり狙いはそれか。おまえらは内功を高める『千年翠玉』を手に入れて、
紫月の唇から、氷点下の声音が放たれる。
打ち込まれた刃をとめた白銀の双手剣が、相手の剣身をすべり、跳ね上げる。
鋼の塊がはじき飛ばされ、ひゅんひゅんと放物線を描いて地面へ突き刺さった。
ひと回りも体格が違う。力の差はあっただろうが、それを
「ちょっとでも脳みそが詰まってると信じて、おまえらにひとつ助言をやろう」
ちらとよこされた
そうして爛爛と光を放つ柘榴色の瞳で、憂炎はそびえ立つ男のひとりをにらみつけた。
「五人は俺に瞬殺され、小僧に丸焦げにされた十人も死んでこそいないにしろ、虫の息だ。
「くっ……!」
紫月の畳みかけに、後ずさる男たち。
明らかにうろたえた主犯格の男が、何事かをつむごうとした、そのとき。
「──愚かな
張りつめた夜の空気が、ゆれた。
声がひびいた。低い男の声だ。
紫月と対峙した男のものではない。
残る四人のものとも違う。
ハヤメははじかれたように首をめぐらせて、絶句した。
いつだ、一体いつからいた。
背後の木陰にたたずんだ、