体内で生み出される気。それが内功である。
素手で岩を割る。
刃を通さない強靭な肉体を得る。
ときには空を飛び、水上を駆け。
猛毒さえも分解してしまえる。
呼吸や血流を自在にあやつり、凝縮した気の流れとして体外へ放出することで、攻撃、防御、治療と、さまざまな不可能を可能とする。
至高の境地に達した武功の達人は、まさに人智をこえた存在となるのだ。
むろんそれは、過酷な鍛錬を乗りこえてこそ。
* * *
「よくも
強風に雲が流され、満ち欠けの半端な
炎が灯ったのだ。
街を飲み込んだ
より静かに、より激しく燃えさかる、
ぼぼぼ、と。
次々と
「──ころしてやる」
「ひっ……いや、やめて……いやぁああっ!」
「駄目だ憂炎ッ!」
柘榴色の瞳が剥かれた瞬間、弾丸のごとく放たれる蒼炎が、右腕で顔を覆った
ハヤメは、夢中だった。全速力で地面を蹴り、明林へ体当たりをする。
そのままふたりしてもつれ込むと、押さえつけるように体重をかけ、息を殺す。
「お……お嬢、さま」
「動くな、しゃべるな」
そうとだけ言い放ち、痛いほど抱きしめるハヤメに、瞳を見ひらいて硬直する明林。
すきまなく密着し、風の循環をゆるさない空間に行き場をなくした炎が、袖と土の表面を焦がして息絶えた。
しばし微動だにせず、燻る気配すらも感じられなくなったころ、ハヤメはようやく明林の上から上体を起こす。
ひじをついて見やった先に、投げ出された包丁、それから
「うぐぁあああっ!」
断末魔の叫びが夜闇を引き裂く。
見れば
それだけではとどまらない。
縦横無尽に飛び交う蒼炎が、黒装束の男たちへ無差別に襲いかかる。
「おいちび助、ろくに内功の制御もできないようなぺーぺーが、なんだって膨大な
ひとつ、またひとつと上がる蒼い火柱を目前にして、紫月も
無理もないだろう。内功とは通常、鍛錬をかさねることで養われるものであるから。
ただ、例外があることも事実。
「そうだ、憂炎も……憂炎も私とおなじように、『
「あぁくそっ、なるほどな!」
紫月はふりかかる蒼い火の粉を剣で払いながら、倒れ込んできた火達磨を蹴り飛ばす。
「なんでそんな馬鹿げたことになってるのかは、説教といっしょに後回しだ。これじゃあ、俺の
藤色の袖に右手を差し入れた紫月は、鋼の義甲をはずしたのち、白銀の双手剣を瞬時に利き手へ持ちかえる。
それから颯爽ときびすを返してやってくると、ハヤメが抱き起こした明林の腕を引くなり、そのほほを左手で容赦なく打った。
「紫月兄さま!」
「おまえは黙ってろ」
ハヤメの言葉は、にべもなく両断される。
地面へ身体をしたたかに打ち、呆然と横たわる明林の目前へ、白銀の刃が突き立てられた。
「ひッ……!」
「おまえは救いようのない馬鹿か?」
「なっ……なんのことか、わかりま、」
「どの面をさげて、
「それはっ、だってお嬢さまは、いつも薄いお茶ばかり召し上がってたわ! 美味しいお茶をごちそうしたいと思うのは、いけないことなの!?」
「あぁそうだな。死んで詫びてもいいほどには罪だ。なぜだか教えてやろうか」
細長い瞳孔を収縮させた紫月が、藍玉の眼光で、明林を貫く。
「俺たち
嗚呼……と、ハヤメはあきらめにも似た感嘆をもらす。
紫月が告げようとしているのは、ハヤメが思い出した梅雪の記憶そのものだからだ。
「ありとあらゆる毒を、幼少期から蓄積し続ける。そうして俺たちの体内にある『
「そんなこと……わたし、知らない……」
「そうだろうな。これは早一族と、
「……あ……」
「食事に入れる毒は命に関わらないよう、ごく微量に調合されていたはずだがな、梅雪がハツ時に倒れたことがあった。こいつが七つのときだ」
顔色が蒼白になる明林。
紫月はかまわず、言葉の矢を、雨のごとく浴びせ続ける。
「あの日おまえは、厨係の目を盗んで、梅雪に茶を持っていったな。そうして茶葉と
「それ、じゃあ……お嬢さまが、わたしのお茶を飲まなかったのは……わたしの淹れたお茶だと知って、真っ青になって吐き出したのは……!」
「あれから梅雪は三日三晩生死の境をさまよった。おまえのしたことは、殺人未遂だ」
「違うわ! わたしはお嬢さまのためにっ、お嬢さまのためを思って!」
「そのおまえのせいで梅雪は死にかけ、いまもまた命の危険にさらされてる。いいかよく見ろ。おまえがまねいた
「そんな、うそよぉっ! うそだといってぇ!」
「明林!」
「放っておけ!」
ハヤメは泣き崩れる明林へ手を伸ばすも、紫月に強引に腕を引かれ、立ち上がらされるだけ。