「さてと。『
「その前に、
「はぁ、そういやいたな。そんな小僧」
「
『灼毒』うんぬんを話題に出したのは紫月なのだから、まさか本気で忘れていたわけでもないだろう。
それにしたってぞんざいすぎる憂炎の扱いに、紫月へ詰め寄るハヤメ。
慌てずさわがず、妹をなだめる紫月。
『いつもの光景』が、そこにあった。
「そう怒るな。
とここで、不自然に紫月の言葉がとぎれる。
無言で立ち上がった紫月が、
「……におうな。犬でなくてもわかる」
何事かと問うまでもない。
紫月の目配せを受けたハヤメは、立ち上がりざまにうなずいてみせると、駆け出した紫月の背を追う。
細い裏路地を抜け、大通りへ。
軽くなったからだとは対照的に、空気が重苦しい。
冬の夜にふさわしくない、じりじりと熱気をはらんだ風が、どこからか吹きつける。
理由は、すぐにわかった。
立ち込める黒煙。
寝静まる街を突如襲った、赤、赤、赤。
「燃えてる……あれは『
「まて、
思わず踏み出したハヤメの腕を、声を張り上げた紫月が乱暴にさらう。
直後、どす黒く煙る空から、赤い光が放物線を描いて降り注いだ。
流れ星だとか、そんな風情のあるものではない。
ハヤメと紫月は周辺でひときわ背の高い建物の影へすべり込み、赤々と色のともった往来をうかがう。
「矢……!?」
「ただの矢じゃない、火矢だ」
一瞬でも、紫月の制止が遅れていたら。
ハヤメはいまごろ燃えさかる炎の矢に脳天を射抜かれ、
矢の先端に、燃えやすい油紙をくくりつけてあるのだろう。
獲物をとらえられずとも、落ち葉などに飛び火し、みる間にあたり一帯へ延焼する。
紅蓮の怪物が、街をのみ込みゆく。
「火事だ!」
「どういうこと! なにが起きてるの!?」
「逃げろ逃げろ! はやく……ぎゃっ!」
「おとうさん、おかあさぁん!」
家を飛び出す者。
錯乱して叫び散らす者。
逃げまどい、結果として火の雨の餌食となってしまう者。
泣き叫びながら親を呼ぶ、幼子の姿もある。
まさに、地獄絵図。
「街ひとつ消し炭にするつもりか、下衆どもめ」
「どうして、こんな酷いことを!」
「倫理観を問いただしたところで、答える連中か? おまえのいた店で食事をしていた、ただそれだけの理由で、一般客をみな殺しにするやつらだぞ」
ハヤメの脳裏に、血まみれの惨劇がよみがえる。
これは見せしめなのだ。
決して逃しはしない。次は、おまえだと。
「助け、ないと……」
「やめろ」
うわごとをこぼすハヤメの肩を、紫月がぐいとつかんで引き戻す。
「やつらの狙いは、俺たちをあぶり出すことだ。のこのこと顔を見せてやる義理はない」
余計な真似をするな。
俺たちは、正義の味方ではないのだから。
紫月はそう言っている。
「私のせい……なんですか」
「馬鹿を言え。見境なく殺しをするやつが悪いに決まってる」
口早に告げた紫月に腕を引かれるまま、ハヤメは駆け出す。
「こわいよう、あついよう……おねえちゃん、おねえちゃあん!」
どこかで、こどもが泣いている。
姉を呼んで、泣いている。
まとわりつくその声に、耳をふさぎ、背を向ける。
ハヤメが唇を噛みしめてにらみつけた夜空は、