武侠ロマンスファンタジーである『
古くから亜人とさげすまれ、罪人のような暮らしをしいられてきた。
『
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よってこれは
なんとも面白い。楽天家のハヤメですら、ぴくりともわらいが起きなかった。
(とくに狼族への迫害は、ひどいときく)
腹を空かせて人里へおりたところで、奴隷商に目をつけられるか、力のないこどもであるのをいいことに、民衆からいわれのない暴行を受けるか。
いや、愚問だった。
憎悪にたぎる少年の紅蓮の瞳は、そのすべてを目の当たりにしたものだ。
ならば人であるハヤメを憎むのは、当然といえよう。
「私は君を傷つけないよ」
「うそをつけ! おまえたちはいつもそうだ、善人の皮をかぶったケダモノめ!」
「傷つけない。もう二度と」
「なっ……なにをするつもりだ! やめろ、来るな来るな来るなっ!」
信じてくれなどと、おこがましいことは言うものか。
だけれども、これだけは。
「……殴ってごめんね。突き飛ばして、ごめんね。痛かっただろう」
これだけは、伝えさせてはくれまいか。
「おいで」
ハヤメは倒れた少年の手をとる。
そして努めてやさしく抱き起こしたやせっぽちのからだを、袖で包み込んだ。
なすすべもなくハヤメの胸もとへもたれた少年は、柘榴色の瞳を見ひらく。
「な、にを……」
「こんなところで凍え死ぬのは嫌だからね」
これは我が身かわいさにしていること。手前勝手な横暴。
だからつべこべ言わずに体温をよこせと、有無を言わさずに少年をかこい込む。
(怖いよね。たった独りで……寂しくないはずがないよね)
自分がそうだったように。
恩着せがましいことはしたくないから、少年の言ううそつきになる。
ハヤメが分けてあげられるものなんて、ほんのすこしばかりの、ぬくもりしかないのだから。
ながいながい静けさがあって、少年の肩がふるえ出す。
「なん、で……おかしい……こんなの、しらない」
「君──」
「その声、いやだ、あたま、へんになる、からだ、おかしくなる……あぁっ、あつい! はなせ、はなせぇッ!」
突き飛ばされたのだ。あの非力な少年に。
ハヤメはかしいだ体勢のまま、虚空に手を泳がせることしかできない。
《まずいっ……ハヤメさん!》
クラマの呼びかけにも、反応できなかった。
鋭利なものが、ハヤメの右肩へ食い込む。
「うぐっ……ぁ……!」
皮膚を破られる感覚の直後に、熱の奔流が押し寄せる。
ハヤメに突きた立てられたのは、少年のするどい牙だった。なさけ容赦なく根もとまで抉り込まれる。
どろりとあふれ出したものが、ハヤメの肩口から胸もとへかけて、生成りの衣を紅にぬりつぶした。
ハヤメは本能的に少年を突き飛ばし、再び床板へ打ちすえそうになるのを、今度はこらえた。
「……大丈夫、だ」
静脈を突き抜け、神経までやられたか。
ばちりと脳内がはじけるようだ。激痛なんて言葉では生ぬるい。
それでもなお、ハヤメは声をしぼり出した。
「大丈、夫……君の好きに、しなさい。これは、意味のある、ことだ」
はーっ、はーっと乱れていた少年の呼吸が、水を打ったように静まりかえる。
おもむろに牙を抜かれ、うめき声をくぐもらせたハヤメは、崩れ落ちる拍子に後頭部を壁で打つ。
痛みのあまり肩で息をすれば、傷口に響く。
息をとめて耐えようとしたハヤメだけれども、長くは続かず、かえってせき込む結果に終わった。
ぱたり、ぱたり。
ハヤメは霞む視界で、無理やりに焦点をあわせる。
口端から血をしたたらせる少年が、呆然とへたり込んでいた。
「ちが……おれは、こんなつもりじゃ……」
か細い声は、静寂に飲み込まれてしまう。
そうだ。どんなに強がっていても、まだ幼いこどもなのだ。
自分が誰かを傷つけたこと、それがこんなにも鮮烈な光景であることは、耐えがたいはず。
「……いたずらに傷つけあうことは、無意味だ。そのことに気づけたなら、君のしたことは、意味がある」
魂が抜けたようにひざから崩れ落ちた少年へ、ハヤメは不思議とこぼれた笑みを贈る。
「これでおあいこにしよう」
ハヤメの瑠璃色の瞳がほころんだ次の瞬間、はじかれたように手で床板を叩く少年。
薄く笑いながら壁にもたれかかるハヤメへ飛びかかったが、それはとどめを刺すためではなく。
「とまれ!」
肩口をかばうハヤメの左手を押しのけて、ひとまわりちいさな手のひらが押しつけられた。
「とまれ、とまれよ! おねがい、とまって……!」
少年の柘榴色の瞳から、大粒のしずくがあふれる。
ろくに見えていないだろう。ガクガクとふるえる手つきで出血部位を押さえ込まれる。
それは稚拙だけれど、ひたむきだった。
少年は目を背けなかった。
このときはじめて、ハヤメと向きあったのだ。
「血が、しんじゃう……!」
「はは、まだ殺さないでくれ」
死ぬほど痛ければ見た目も派手だが、致死量ではないだろう。
スパッとひと思いにやられたわけでもなし、牙で穴をあけられた程度だ。傷口そのものはちいさい。
「あんまり泣くと、そのきれいな柘榴石がとけてしまうよ」
正直ハヤメも、腕を持ち上げるのは
だが、手を伸ばせばふれる距離に少年がいた。
そっと背をなでる手をこばむものは、もうどこにもない。
「……へんなやつ」
「あらそう?」
「おまえみたいな人間……みたことない」
「ははは、さながら珍獣か。そりゃどうも」
ハヤメはひそかに感動していた。
なぜなら、会話ができている。これはすごいことだ。
「私はハヤ──こほん、梅雪という。君の名前は?」
「……
いまならお近づきになれるかもしれない。
ダメもとでハヤメがたずねたところ、ぼそりと返答あり。
「そうかい。すてきな名前だねぇ、憂炎!」
ふいとそっぽを向く憂炎を、ハヤメはほほ笑ましげにながめる。
《真っ白な髪に、赤い瞳の、憂炎……待てよ。待ってください、ハヤメさん、そのこどもは……!》
上機嫌なハヤメは、急に声色を変えたクラマに気づかない。