急激に引き戻されるハヤメの意識。
右ひざを立て、腰を浮かせたハヤメが息をのんで見つめる暗闇の向こうに、動くものがあった。
もそもそと麻袋から抜け出し、橙の明かりに照らし出された少年を、見まごうはずもない。
「
(君! 目が覚めたのかい? よかった!)」
ハヤメの口を
音としてはそう聞こえるのに、脳内で勝手に翻訳され、理解に苦心しない。
アクセス許可により、システムと連動できているあかしだ。
《なんですかその子。どっから出てきた? なんで服着てないんですか?》
「いやぁ、ここに来るまで色々あって、布まんじゅうにして連れてきたんだ」
《まさか、誘拐……》
「ちがぁう! 人聞きの悪い!」
さらに文句を口走りかけたものの、あまりわめくのもおとなげないと思い、ハヤメはぐっと飲み込んだ。
それで正解だ。もし「君は私のことをなんだと思ってるんだ!?」などとクラマに問いつめていたら、余計ややこしいことになっていただろう。
天然と天邪鬼の化学反応ほど、奇怪なものはない。
(あらためて見ると……きれいな子だなぁ)
丸みを帯びた輪郭に、さらりと指通りのよさそうな
淡雪の肌、柘榴色の瞳。
ひとつひとつが、芸術品のような少年だ。
年は
ハヤメはにっこりと、美しい笑みの花を咲き誇らせた。
少年に語りかける声音はからころと優しく、
「さっきは殴ったりしてごめんね。びっくりしちゃって。からだは平気? おなかの痛みはどう?」
申し訳程度に引っかけた紺の長羽織をととのえてあげようとハヤメが手を伸ばしたとき、びくんと、少年の肩がはねた。
「へいきです。ありがとうございます、おねえさん」
「うん……?」
ぶしつけかと手を引っ込めるハヤメだったが、意外にも少年は素直に礼を口にした。
にこりと笑みを浮かべてすらいる。
「ならいいけど……寒くはないかな。火種を追加しようか。向こうにおがくずがあったはず」
そうして、ハヤメが視線をそらしたときだった。
ふっ……と、橙の明かりが揺らいだのは。
直前に迫りくる影を察知したハヤメのからだは、またもひとりでに動いていた。
ハヤメはつかみかかる少年の手の軌道を、左ひじを打ち込んで、前腕からはね上げる。
獲物をとらえられず、大きくのけ反る少年。その無防備な胸もとへ、振り向きざまにハヤメの右の手掌が炸裂する。
「ふッ!」
「ぐぁっ!?」
せま苦しい小屋を駆ける
漆黒にのまれゆく視界で、カッと開かれたハヤメの瑠璃色の瞳が、もんどりを打って床板に倒れる少年をとらえた。
「あれっ、あれれっ……またやってしまったぁああ……!」
《ちょっ、ハヤメさん! なにやってんですか! 状況! 説明!》
「きかないでくれぇ!」
《無理でしょ!!》
力強い否定を
クラマの言い分はもっともだ。がしかし、説明しようにも肝心のハヤメがよくわかっていないのだ。
少年が襲いかかる理由も、それをことごとく阻止する自身のことも。
(私を油断させようと演技を……この子、賢いな)
わからないなりに、かき集められる情報はある。
少年の笑みを目にしたときの違和感は、それだった。
年のわりに頭は切れるのだろう。からだがついていっていないのだ。
暗順応により、なかなか起き上がれずにせき込む少年へ、焦点を結べるようになる。
きれいな顔だちばかりが目についたが、その手足は異様に細かった。まるで枝のようだ。
おなかを空かせていたのかも、どころのお話ではない。
「……に、を……した」
けほ、と乾いた息を吐いた少年が、うつ伏せのまま床板を引っかく。
「どんなにがんばっても、ひとにはなれなかった……なのに、なのに、おまえにふれられたとたん……なにをした、おれになにをしたんだ、人間!」
ハヤメは言葉をうしなった。
恐怖したからではない。
全身全霊で叫ぶ少年に、魂がふるえたのだ。