「なにか刃物はないか、刃物……おっ、ちょうどいいのがあるじゃないか」
ハヤメは紺の布まんじゅうを背負い、どこまでもひろがる雪原を三十分ほど歩いた。
やがて変わりばえのしない銀世界に無人の小屋を見つけ、少々ご厄介になることに。
これから夜になり、急激に冷え込む。
夜風をしのげるだけでもありがたかったが、ねがってもない幸運が舞い降りる。
小屋は『たから』の山だったのだ。
これだけそろえば、なんとかなるだろう。
* * *
夜闇にともった橙が、
火鉢でぱちぱちと
ハヤメが思いをはせるのは、これまでのこと。
肉体を
こどもだったとはいえ、襲いかかる
火の起こしかたについてもそうだ。自然と必要なものをそろえ、手なれたように石を打っていた。
落ち着いて思い返すほどに、ハヤメの疑問は降り積もってゆく。
(これは、肉体のもち主である『彼女』の知識や経験によるもの? それとも──)
ジジ……
ふいの雑音に、はじかれたように顔を上げるハヤメ。
目の前でおどる炎にじっと瑠璃色の瞳をこらし、不自然なゆらめきをとらえた。
《……す……か……》
ノイズにまじった、だれかの声も。
《……ます、か……きこえますか、ハヤメさん!》
脳内に響く声は、やがて鮮明な男声となって、己の名を叫んでいた。
「クラマくん! きこえるよ、私だ!」
かん高い声音が、静寂をゆれ動かした。
ハヤメははっと口をつぐむ。浮かせかけた腰をいそいそと落とし、壁となかよしこよしに戻った。
幸いなことに、向かいに寝かせた少年は目を覚ましていない。
長羽織だけでは寒かろうと、小刀で切りひらいた麻袋をかぶせたのが、功を奏したようだ。
ハヤメはほっと胸をなで下ろした、のだが。
《……ハヤメさん?》
「うん、そうだよ」
《生きてます?》
「私は死んでるけど……」
《生きてるんですね?》
「あっはい、生きてます」
《っはぁあ〜! マジでいい加減にしろよ、心配かけさせんな!》
「えぇええ……!」
「ごめんクラマくん、すこし声を落としてもらえない?」
《なんで? まわりに、だれか人でもいるんですか》
「いやぁ……」
人というか、獣というか。
ハヤメが言葉を探してまごついている間に、会話の主導権をとられてしまう。
《いまさらなに言ってんです。俺らの通信は、そっちの住人には見えないし、聞こえないでしょうが》
「あ、それもそうだった」
失念していた。新米でもなかろうに。
《それよりアクセス許可もらえますか。毎回
「もちろんだよ。ついでにシステム参照権限をもらえるかい?」
《言われなくても押しつけるわ》
普段はすましたクラマが口調を崩すのは、怒ったり焦ったり、要は冷静でいられなくなったときだ。
(本当に、心配してくれてたんだなぁ)
いまどきの若者らしい物言いを甘んじて受けとりながら、ハヤメはなんだか感激してしまう。
「助かるよ、クラマくん」
《は? さっさとシステム参照権限よこせって、言外にせかしてます?》
「そうじゃなくて。独りだと心細かったんだ。君がきてくれて、うれしい」
《……それ、素ですよね?》
「え、お酢?」
《はぁ、この人はもう……なんでもないです》
ほかの社員からは『血も涙もない鬼』と恐れられるクラマである。
そんな彼が唯一ペースを乱される相手がいることを、肝心の天然部下は知るよしもない。
──ピロン。
空中に、メッセージウィンドウがあらわれる。
外部、つまり『NPC』サーバーから社員にわりあてられたIPアドレスへ、アクセス許可を求めるものだ。むろん選択肢は一択。
『許可する』
ハヤメは宙に浮いた光る文字列をタップして、ひと息つく。
《アクセス許可を確認しました。モニターにつなぎますね》
「はいなぁ」
この場合、異世界に飛ばされたこちらが一方的にモニタリングされることをさす。
電脳体を映しても、肉眼的にはもやにしか見えないためだ。
アクセス許可によって、好きなときにリモートでクラマとやりとりができるようになった。それだけでハヤメは満足だった。
あとはご随意にどうぞ、というやつだ。
ピロリン。
先ほどとは微妙に異なる通知音は、データの受信をしらせるもの。
メッセージウィンドウにも、【ファイルデータのダウンロードを開始します】との表示がされた。
0%からはじまった数値が上がるごとに、ハヤメのからだが熱に満たされてゆく。
すきま風の凍えなど、忘れてしまうくらいに。
《メインの情報データを優先的に送っておきました。そのからだの主に関する記憶は、ひととおり
ハヤメは白湯をのみ下したような、からだの芯からあたたまる感覚にほぅ……と息をもらし、目をあける。
ちょうど【30%ダウンロード完了】と表示されたときだった。これで30%なのか。
「メイシェ、って?」
なんとなくわかってはいたけれども、ハヤメも訊かずにはおれない。
《諸々の設定は追々システム画面で確認してもらうとして、要点だけかいつまんで説明しておきましょうか》
クラマも、わかりきった問いを邪険にはしなかった。
《梅雪。ハヤメさんが憑依したその少女の名前で、『