大学病院に戻った僕たちは、病院のスタッフに頼んで獣医に連絡を取ってもらい、子猫たちを預けることができた。
たぶん、あの母猫は昨日の事故で轢かれた猫だったんだろう。
獣医に見せると、母猫はやはり息絶えていた。
子猫たちを守りたくて、その執念が化け猫にさせたのか。それともただ、ここに子猫がいることを知らせたかっただけなのか。
その答えはわからない。
なんだかんだで臨の家に着いたのは夜中で、風呂に入ってリビングのソファーでぐったりとしてしまう。
正直、試験勉強どころじゃない。
「何だったんだ、今日の出来事は」
呟くと、臨が僕にコップを差し出してくる。
「お疲れ様。四人も記憶吸い上げたんじゃあ、ぐったりだよね」
「ああ……ありがと、臨」
コップに入っているのは冷たい麦茶だった。
それをひと口のみ、僕は大きく息をつく。
「って言うか、化け猫が現れるとかどうなってんだよ……」
げんなりと呟くと、臨は僕の隣に腰かけながら言った。
「俺は楽しかったけど? 思う存分力を使えたし。いるんだね、化け猫ってさ」
臨の声は弾んでいる。
臨がその雷の力を使うことなんて滅多にない。
それはそうだ。
正直その力を使う場面なんて思いつかない。
「またああいうことがあるなら、俺は喜んで協力するけど?」
「僕は嫌だ。だって何の役にも立てないし」
言いながら、僕はコップを見つめる。
そうだ、僕は悲しみや辛い記憶を吸い上げるだけだ。
しかもその記憶はいつまでも持っていられない。一日も経てばほとんど忘れてしまう。
でも臨は戦うことができる。
そして、あの化け猫を前にしてもひるまないだけの度胸もある。
僕にはそんなものはない。
「紫音」
「何だよ」
「紫音の力が無かったら、彼女たちが見たものが本当だって証明もできないし、きっと幻覚を見たってことで片付けられていたと思うよ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「そうしたら、あの子猫たちは死んでいたかもしれない」
「あ……」
僕は臨の方を見る。
臨は僕の方を見つめて微笑み言った。
「紫音の力があったから、学生たちは恐怖の記憶を忘れられたし子猫たちを保護できた。っていうか紫音は今まで何人もの人の心を救ってきてるじゃないか」
心を救ってきた。
そんなふうに思ったことはなかった。
だって僕はこの力をつかって当たり前にできることをしているだけだから。
僕はじっと、右手を見つめる。
何人もの人たちの記憶を吸い上げて消してきた。
その記憶のどれひとつとして僕は覚えていない。
感謝されたこともない。当たり前だ。僕が記憶を消した相手は、なぜ僕と出会ったのかなんて覚えちゃいないんだから。
「俺としても力が役に立つってわかって嬉しかったよ。俺の力は、壊すことにしか使ったことないからね」
今日も、臨は大学病院の電子錠を壊した。それは臨にとっては日常だ。家電製品だって、スマホだって何回か壊してきたと言っていたし、結局その力のせいで母親との折り合いが悪いらしいし。
僕は臨を見る。
彼の目をいつになく輝いていた。こんな臨を見たのは初めてかもしれない。
「臨……」
「まあでも、あんなに力を使ったのは初めてだったし、疲れたな。紫音、今日はもう寝るよね」
「あぁ、勉強なんてしてられるかよ」
言いながら、俺は大きな欠伸をする。
「明日は勉強して、明後日試験の後、動物病院行こうよ、紫音」
試験はだいたい三限で終わる。ってことは午後は空くってことだ。
子猫たちは大丈夫だろうか?
それは確かに気がかりだった。
「あぁ、そうだな」
答えて僕は、コップに口をつけて麦茶を一気に飲み干した。
終